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ぶどう畑のぶどうの鬼より

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16 けったいなぶどうの鬼



半年前
この東屋で

初めて眺めた
見渡す限りの
うす緑色の
じゅうたんに

「ぶどう畑ってどれ?」
って
人ごとみたいに
叫んだ私

半年前
何とかあなたの
目を盗んでは
ここに昼寝に
来ることだけが
たったひとつの
楽しみだった
その私が

あのときと同じ
この東屋で
こうしてあなたに
膝枕を
している不思議

穏やかな
風吹く秋

実りを終えた
木々たちが
やっと憩える
安息の時を
満喫する今

ぶどうの季節が
静かにひとつ
終わった今

眼に映る
畑の意味は
私にとって
その姿かたち以上に
天と地ほども
変わったけれど

私の膝で
うたた寝してる
人だけは
あのときのまま
ちっとも変わらず
ぶどうの鬼

気が短くて
居丈高
子どもみたいに
すぐに大声あげる人

人の顔見れば
「ついて来い」
「黙って真似ろ」
「常識がない」
「世間知らず」

頭ごなしに
怒鳴るのに
ぶどうの木には
しゃがみこんで
幹なでながら
優しく声をかける人

二言目には
「そんな肩の開いた服で」
「若い娘が男の家に」
「男と2人で旅行なんか」

口やかましくて
頭が固くて古い人

「田舎って
どうしてこんなに
何にもないの?」と
毎朝毎晩
むくれる私に

シャワーから
鏡台から
果ては
水洗トイレまで

2日とかけずに
作ってのけて
そ知らぬ顔で
とぼける人

捕ってみせてと
せがんだ蛍
しくじりもせず
1度で見事に
そっと両手に
閉じ込める人

決して
ひけらかさないけど
訊けばたちまち
次から次へと
虫の名前を
そらで教えてくれる人

そして隣の
覚えの悪い
生徒の私に
堪忍袋の
緒を切らす人

しがみつくのに
苦労するほど
背中が広くて
あったかくて
歩きながら
よく通る声で
歌を歌ってくれる人

雨の中で
私を見るなり
傘も持たずに
大丈夫かって
飛んで来て
いっしょに
濡れてくれる人

呆れるのも
通りこして
ずっと一緒に
濡れていたいと
思う人

ため池には
落っこちる
便秘で死ぬと
騒ぎもした
酔っ払ったし
足もくじいた
自分が嫌で
情けなくて
泣きべそだって
何度もかいた

数えあげたら
きりがない
私のかっこ悪い姿
なぜか平気で
さらせた人

ヘビが出たって
クマが出たって
文句も言えない
山の夜

そばにさえ
いてくれるなら
朝までそばで
眠っていいなら
怖いものなんか
何もないと思える人

嬉しいことが
あったとき
悔しいことが
あったとき
迷わず足が
向くのは畑

顔が見えたら
飛んでって
いの一番に
話を聞いてほしい人

大好きな
パパとおじいちゃん

遠い未来も
損得抜きで
案じてくれる
見る目の確かな
私の味方

その2人が
口をそろえて

あの男なら
大丈夫だって
いい婿さんを
見つけたと
死ぬまで誇りに
できるって
太鼓判押してくれた人

足がすくんで
ふり向くと
口ひき結んで
目をこらし
いつのまにやら
すぐそこで
心配そうに
立ってる人

なのに
私と目が合うと
「性懲りもない」と
照れておどけて
からかう人

無事に育つか
どうかなんて
ましてや
甘く実るかなんて
そんな確信は
これっぽっちも
ないけれど

夢中にならずに
いられない
不思議な命が
畑にはあると
私に教えてくれた人

たえず
移ろいゆくからこそ
来年はおろか
明日の保証すら
ないからこそ

命はすべて
涙が出るほど
愛おしいんだと
畑で教えてくれた人

相性のいい
根と土が
出逢うことなど
奇跡に近いと
知ってる人

根を下ろすことの
厳しさも
根を張ることの
もどかしさも
ずっしり骨身に
しみてる人

それでもなお
ひるみもせず
じたばたもせず
一つところで
一生かけて
必要とあらば
自分のことなど
そっちのけで
守ってゆくに
違いない人

私もいつか
この人に
きっと何か
してあげようって

私はいったい
この人に
何をして
あげられるだろうって

生まれて初めて
思った人

私の夫にして
けったいな
ぶどうの鬼

  けったいな
  ひまわり志願者より
















作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳