ぶどう畑のぶどうの鬼より
1 いくら師匠の孫娘でも
「わあ これ全部
ぶどうの畑?
おじいちゃんの畑って
いったい
どっからどこまでなの?」
嘘だろ
おまえだったのか
もうじきここに
来るって聞いてた
師匠の孫娘とやらは
1年修行を
させてから
畑を全部
譲るんだって
いい娘だから
見ればすぐに
わかるって
師匠は笑って
目を細めてた
二親亡くした
俺にとっては
命の恩人
育ての親
一生の師とも
仰いできたけど
これだけは
言わずにいられない
師匠も人の子
身内のおまえを
語る口調は
孫に目がない
ごく平凡な
お祖父さん
皮肉じゃない
血のつながった
家族もいない
俺にとっては
微笑ましくて
うらやましかった
たった今
おまえが孫だと
知るまでは
おまえが今
あくびしながら
見てるのは
あっちの端から
こっちの端まで
見渡す限り
全部師匠が
つまり
おまえの
お祖父さんが
心血注いで
育てた畑
1周見回り
するだけだって
1日じゃすまない
大仕事
それが
どれだけ大変か
おまえだって
想像くらいは
できるだろ?
やれやれ
珍しく
大人しいなと
思ったら
人の話を
聞きもしないで
昼寝ときたか
都会の娘は
心臓にまで
毛が生えてら
おまえなんかに
言ってみたって
ちんぷんかんぷん
だろうけど
俺は毎朝
シャツの両袖
まくりながら
畑の彼方に
昇る朝日を
見るのが好きだ
ぶどうのつるの
あるかないかの
小さなうぶ毛が
朝露に
きらきら
輝くのが好きだ
撒くほどに
水を吸い込んで
棚じゅうの葉を
風にまかせて
そよがせる
木たちの
応え方が好きだ
甘い実を
より甘くと望む
身勝手千万な
人間が
水という
水はおろか
天の慈雨すら
遠ざけても
子孫を残す
苦しいときを
だまって耐える
ぶどうの房の
無心の
凛々しさが好きだ
実という実を
もがれ尽くして
満身創痍と
なってなお
見る影もない
無残な茶色の
葉だけをまとい
子を産み終えた
母のように
この上なく
誇らしげに立つ
ぶどうの幹の
神々しさが
たまらず好きだ
俺は
ぶどう畑を
こんな風にしか
見られない
目の前に
はるか広がる
この大地が
俺が生きてる
最後の日まで
みずみずしく
生き生きと
ぶどうを育む
楽園であれと
願ってる
俺は
ぶどう畑に
こんなことしか
夢見ない
その聖域に
ある日突然
土足も土足の
ハイヒールで
踏み込んで来た
闖入者
全身に
都会の香りを
漂わせて
おまえは突然
やってきた
ソウルのブティックの
マネキンが
そのまま抜け出して
来たような
チャラチャラ着飾った
小娘で
礼儀や常識の
かけらもなくて
とどめとばかり
ツンとすまして
のたまった
「1年たって
私が畑を
相続したら
あんたなんか
いの一番に
クビにしてやる」
これを
闖入者と言わずに
何という?
作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳