実験的小説
今時、珍しい木造アパートの6畳1間。トイレは共同。風呂無し。簡素なシャワーが共同で有る。部屋に流しとコンロがあるのが、唯一の救いか? 2階角部屋である。日当たり良好なのが、こんな日には、恨めしい。
この部屋の主、ポニーとテルは、駆け出しお笑いコンビ「でんでろんず」としてのネタ作り兼練習を、扇風機がいたずらに熱風で室内の空気をかき混ぜる中で、40時間ばかり連続でやっていた。
「なぁ、ポニー」若干……と言うわけには行かないほど、額の広いテルが、肩で息をしながら言った。
「なんだ? テル」若干、ちょっとだけ、笑いを取るには微妙な長さに面長なポニーが膝に手を置きながら応えた。
「さすがに、やっぱり、ちょっと、休まないか?」
「ダメだ。極限状態から生まれるギャグ、と言うものも、研究テーマの1つだ。……行くぞっ」
2人は同時に息を大きく吸うと、シャキッと立って、寄り添った。
2 人「でんでろんずでーす」
ポニー「ママー、僕、蓮舫(レンホウ)と欧陽菲菲(オウヤンフィフィ)の見分けがつかないよ」
テ ル「……ぇ?……」
2 人「伝わらないにも程がある~。程がある~。程がある~。ビシッ」
「なんだ? 今のツッコミ?」と、下からねめつける様にポニー。
「いやいやいや、ここは、俺が、『なんだ? 今のボケ?』って、切れる場面だろう?」
思わぬ逆切れに、テルが戸惑っていると、
「北斗百裂拳!」
と叫んで、ポニーがテルに、無数のパンチを叩き込んだ。
「うつけものっ! この、俺たちのギャグは、相手に伝わらないということが、命なのだ。だから、これでいいのだ」
さらに、5時間後。
2 人「でんでろんずで~す」
テ ル「社長、大変です。わが社の株がどんどん買い占められています。M&Aです」
ポニー「なにー? つまり、お口で融けて、手で融けないということか?」
テ ル「……はい?……」
2 人「伝わらないにも程がある~。程がある~。程がある~。ビシッ」
「今のは、俺も、自分で反省してる」機制を制してテルが言った。
「でもな、やっぱり、あるところを超えたあたりから、俺たち、やればやるほど、悪くなってないか?」
「火中天津甘栗拳!」
ポニーは、そう叫ぶと、テルに無数のパンチを浴びせた。
「稼ぐに追いつく貧乏なし。努力に追いつく才能なし。さっ、やるぞっ」
そうポニーは言ったが、テルはぶつぶつと小声で、
「んなこたねーだろ。お笑いや芸術は才能だろ……」と言った。
さらに3時間後。
2 人「でんでろんずで~す」
ポニー「今日は、新しく開店するお店の商売繁盛を祈願しましょう」
テ ル「はい」
お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、柏手を打つ真似をする2人。
ポニー「どうか、がっつり儲かりますように」
テ ル「どうか、毎日、沢山のお客さんが、詰め掛けます様に」
ポニー「ちょっと、あんた、何、縁起でもないこと、お願いしているのよ」
テ ル「何でですか?」
ポニー「だって、家は、ネイルサロンよ」
テ ル「だから?」
ポニー「たくさんのお客さんが、爪欠ける、なんて」
2 人「伝わらないにも程がある~。程がある~。程がある~。ビシッ」
「これ、少し良いんじゃあ……」(自分の出番も多かったし)とは、決して言わないテルである。
「ペガサス流星拳!」
そう叫び、ポニーは、テルに、無数のパンチを、叩き込んだ。
「意味があったら、伝わっちまうだろうが!」
(全く伝わらないと、共感が得られないんだよ)というのを、どのタイミングで教えてやろうか悩むテルであった。
さらに9時間後。
2 人「でんでろんずで~す」
ポニー「教授!やりました!ついに、不死の生物を発見いたしました!」
テ ル「なに? 本当か? 早速、見せたまえ」
ポニー「はい、これです」
テ ル「なんじゃ、ただのゴキブリではないか。これのどこが、不死なんだ」
ポニー「だから、節足動物でしょ」
テ ル「……だから?……」
ポニー「だから、節……」
2 人「伝わらないにも程がある~。程がある~。程がある~。ビシッ」
「ついに、やったんじゃねえか? 俺たち」感動に打ち震えながらポニーが言う。
「徹夜続きで、冷静な判断力失ってるだけだって」呆れ顔でテルが言うと、
「ひゃくれつ肉球」
と、ポニーが叫んで、ポニー無数のパンチが、テルの顔面にヒットした。
「疑うなら、もう一度やってみよう」
その直後。
2 人「でんでろんずで~す」
テ ル「ジョブズが生きていたら、きっとこう言うであろう」
ポニー「ウンポコピーッ!」
テ ル「……ぇ?……」
2 人「伝わらないにも程がある~。程がある~。程がある~。ビシッ」
「ネタ古いし、意味分からんし、……」テルはワナワナと震えていた。
「もう、お前とはやっとれんわっ」
「おっ、それ、新しい」
「古いわっ」