雪童子
敏治も小さく手を振り返し、いつまでも振り返って手を振り続ける少年の姿を見送った。余程嬉しかったのだろう。見えなくなるまで手を振り続ける少年の姿を見ていると、敏治の胸にも温かなものが満ちた。何故自分でもこんな事をしたのかは分からない。敏治が知り合いでもない子供にただで和菓子をくれてやる事など滅多に無い。それでも、嬉しそうに手を振り続ける少年を見ていると、偶にはこんな気紛れも悪くはないかと敏治は思った。
その日の店仕舞い、暖簾を下げようと敏治が表に出ると、店の隅に小さな雪兎と雪だるまが並べられていた。見下ろす敏治の目を、南天の実で拵えられた赤い目が静かに見上げている。その目を見ていると、少年のくるりと丸い双眸が思い出された。近所にこんな事をする人間は居ない。とすると、この雪兎と雪だるまを作って並べたのは、やはりあの少年だろう。敏治は白い息と共に笑みを零した。
「まったく、これで礼のつもりかよ」
その口調とは裏腹に、零れ落ちた白い息は甘い。敏治は暖簾を手に持ったまま、暫く店の隅に並んだ小さな雪兎と雪だるまを眺めていた。