She's in hard rain, and...
それは滝のように、とか、バケツをひっくり返したように、とか。
そんな風に言われるぐらいの、雨の夜。
「どう、したのですか」
そんな格好で。
彼女は、この土砂降りの中、傘もささずに、ただ、そこに立っていたのです。
私は、傘を彼女のほうへ差し出しました。この雨の中、それだけで、私もすぐに濡れきってしまうぐらいでしたが、私はそうしていたのでした。
彼女は、何も答えませんでした。
「誰かを、待っているのですか」
何を言っているのか、自分でも分からなくなってきていました。
そもそも、どうして話しかけているのか、どうして彼女のことがこれほどまでに気になっているのかも、分からないままです。
「あなたは、私がここに居る、ということがどうして分かったのでしょう」
今私に気づいたかのようでした。
「もちろん、あなたの姿が、私の目に入ったからです。少なくとも、私には、今目の前に女性が一人立っている様に見えますけれど」
それに、この雨の中、人通りは少ないけれど、傘もささずに立ち尽くしているなんて、ちょっと考えたりしなくても、目立つのではないでしょうか。
「あなたは、今、私が見えている、というように聞こえますけれど」
「はい」
何を言っているのでしょう。人間が一人、目の前に立っているのです。
「それでは、もう一つ訊いても良いでしょうか」
「何でしょうか」
「あなたは、雨、好きですか」
ここまでの雨は、さすがにどうだろうと思いますが、基本的に私は、雨が大好きです。
晴れと雨なら、雨。
昼と夜なら、夜。
昔から、そうなんです。
「はい、昔から雨の日は大好きです」
だから、当たり前のように、そう言って答えました。
「本当に、雨が、大好きなんですね」
少し間が空いてから、彼女は言いました。
なんだか、少し、嬉しそうでした。彼女もきっと、私以上に雨が大好きなんでしょう。それなら、今、こうしていることも、分かるような気がします。
「私は、いつもここで待ってます」
「え?」
「さっきの質問に答えたのです」
誰かを、待っているのですか。
「私は、あなたのように、雨が大好きな人にしか、認識されないのです」
「認識……されない」
「そうです。それ以外の人には頭の片隅にも、私の存在自体が、無いものなのです。どうして、なんてことは考えたこともありません」
あなたは、今、私が見えている、というように聞こえますけれど。
彼女は、私に対してもまた、「それ以外の人」と認識していたのでしょうが、私は、たまたま、彼女のことを認識し得るぐらい、雨大好きな女だった、ということなのでしょう。
「私の存在を、あなたも、今日ここで初めて知ったんでしょう」
「はい」
「それは、どうしてでしょう」
私の雨大好きは、本当に小さい頃からの話なのです。それこそ、もう理由もきっかけも分からないぐらい。
「私は、あなたのような人にでも、これぐらい降らないと、気づかれることなんて無いんです。雨が止んだら、またしばらくは私のことなど頭の片隅にも無いまま時を過ごすのです」
では、今ここで話をしていることは?
たとえば、家に帰ったら、忘れてしまっているとでも言うのでしょうか。
「では、どうして、あなたはここで待ち続けているのですか」
彼女の返事は、ありませんでした。
雨が、止んでいました。
そして私は、自分の家の前に立っていました。
いつもの3倍も時間がかかっていました。私はさっきまでの雨の中、何をしていたのでしょう。
大好きな、雨の中。
その日、眠りに就こうとした時、何か聞こえたような気がしたのですが、私にはよく理解できませんでした。
「その答えは、あなたの中に有るのかもしれません」
fin.
作品名:She's in hard rain, and... 作家名:日樂 三明