奇跡の恋日記
私立文系コースで、クラスのメンバーも変わらず、何の変化もないまま高校最後の年を迎えた。
変わった所といえば、受験生になったというだけ。
「受験生かぁ…」
また、勉強に苦しめられるのか。
「璃子ちゃん!!!」
ほぅ…と窓の外を眺めていると、不意に名前を呼ばれた。
「チョコ?なぁに?」
「安藤先生とさっき喋ったんだー♪」
チョコ、こと川島知代子は自慢気に言う。
「えぇっ⁈安藤先生と⁈ズルいー!!」
これはお決まり。
安藤先生とは世界史の先生。
身長も高くて、ガリガリでもポッチャリでもない程よい筋肉質の身体。
35歳にも関わらず、20代前半に見られるであろう整った顔。
見た目も中身も凄くクール。
だけど授業は分かりやすく面白いし、男女ともに人気があって、女子の中には隠れファンクラブがあった。
あたしはその隠れファンクラブの中の1人。
知代子もそうだった。
「いいもん!放課後、質問しに行くもんっ♪」
「えええぇ!璃子ちゃんズルいっ」
「チョコは部活頑張って♪笑」
これが私たちの日常。
ーー放課後
「失礼します。安藤先生いらっしゃいますか?」
何度来ても職員室に入るのは緊張する。
「はーい」
先生の声がする。
鼓動が速くなった気がした。
「岡島、ごめん!プリントもって行くからその辺座ってて。」
「はーい!」
世界史の授業は安藤先生に憧れていたからから選択した。
安藤先生に憧れていたから勉強もした。
だから、世界史自体を思ったことはないし、安藤先生が、担当じゃなかったら勉強しようとも思わない。
暗記科目なのに、こうやって放課後に質問に来るのも、安藤先生と喋りたいから。
「お待たせ。今日はどこ説明してほしいの?」
先生が隣に座る。
鼓動が速くなる。
先生…腕が綺麗。
先生に近い側の腕が熱いよー…
「今日は中国の戦国時代です!」
「ん、分かった。戦国時代に出てくる重要単語 ○△¥%☆〆…」
先生の高過ぎず低過ぎないちょっぴり篭った声、
整った文字がプリントに連なる。
伏せられた長いまつ毛の二重瞼が凄く絵になる。
たまに会う視線にときめく。
格好良いなぁ…
見惚れてしまう。
「だから、衰退していった…ってとこまでは分かった?」
「はっ、はい!×○*#@$だからですよね!」
「そうそう、それで…○=〒<2〆%・」
先生との時間はあっという間。
気付けば終バスの時間になっていた。
「あっ、今日はありがとうございました!またよろしくお願いします!」
「ん、頑張って。」
あぁ、やっぱり格好良い。
るんるん気分でバスに乗る。
真っ暗の道に浮き上がる電灯の光が綺麗だ。
もうすぐ中間テストだなぁ…
なんて、呑気なことを考えながら目を閉じる。
うっとりとした顔で優しく襲ってくる睡魔に身をゆだねた。
「くぁあ…!」
やっと中間テストが終わった。
ここ最近、ますます先生への気持ちが大きくなっている。
そのことに気付いてはいるものの、認識してしまうのに抵抗があるためか…まだ憧れという位置で止まったままだった。
「璃子ちゃん!遊びにいこー!!」
「あっはーい♪」
数日後…
「じゃあ、今からテスト返すぞー」
安藤先生の声が教室に響く。
「うえぇ…」
「あぁー!」
教室中から不満の声が上がる。
「名簿順に取りに来てー」
先生の指示に続いて次々とテストの返還が始まる。
あぁ…今回自信ないんだよね(泣
せっかく教えてもらったのに…
取りに行きたくない。
「岡島ー」
そんなことを思っていても名前は呼ばれるわけで…
「はぁい。」
テスト用紙を受け取る。
…うわぁ。
「65点って…」
なんてひどい点数だろう。
テスト用紙の隅には、先生の綺麗で整った文字がずらりと並んでいた。
そこには期末テストへの期待や、アドバイスの言葉があった。
みんなにも書いてるのかな…?
ちらりと周りの様子をうかがうと、1行程度の文が書いてあるのが見えた。
えっあたし、3行も書いてある!!
他の人よりも多い…
そんな小さなことで幸せな気分になれる。
やっぱり先生が好きだと感じた1日だった。