煩い男
そりゃ喧しいのが好きな奴なんてそういないだろう。俺だって極端に騒音に敏感とかそんなんじゃない。ただ
「なぁ」
こいつの
「なぁ聞いてっか?それでよー」
この
「だからぁ」
喧しさだけは
「なわけ。お前どう思う?」
「頼むから少しだけ黙れ」
俺は勘弁してくれという気持ちをできる限り大げさに顔に出しながら目の前の男にそう言ってやった。
が、前の席の椅子にまたがり俺の机に肘をつくその野郎に嫌味混じりの懇願はまるで効かない。
それにしてもこいつ、隣のクラスなのになにゆえそんなに堂々としていられる。
「まあまあそう冷たいこと言わずに」
俺の言葉のひとかけらさえも心に引っかからない様子の奴はご機嫌にニコニコ笑って飄々と返してきた。その笑顔がこれまた爽やかで非常にむかつく。イケメン爆発しろ。
もちろん俺だってこいつの顔が無駄にいいから黙らせたいわけではない。さすがにそこまで心は狭くない。
ただ、誰だって居残りで数学のプリントをさせられている間中目の前でのべつ幕なし喋り通されたら腹も立つだろう。
なんていったってかれこれ2時間だ。おかげでプリントはまだ半分も終わらない。
「ってかお前時間かけすぎ」
あっ今のはさすがにカチンときた。
「誰の所為だよ誰の!!」
「お前そんなに頭悪くないだろ健太ァ」
こいつの言う通り別に数学は苦手ではない。今回の居残りだって宿題だったプリントを一枚解き忘れていただけのことで、テストの赤点救済とかではない。
「だーかーらー、お前がほんの30分も黙っててくれればさっと終わらせてすっと帰れるわけよ俺は。ってかてめえ帰れよ」
週六で野球部の練習がある俺と違いこの男、三宅一佐は帰宅部だ。
そうじゃなきゃこんなに髪を派手にできないだろう。少し長めの、落ち着いた茶髪は当然染めている。
何で俺がそんなことを知っているのかというと、こいつがべらべらしゃべるからだ。
不思議な男だと思う。
別に雰囲気がミステリアスとかそんなんじゃない。どちらかというとわかりやすい奴だと思う。
頭空っぽとまでは言わないが小難しい精神構造をしているとはとてもではないが考えられない。
その辺俺の知る同級生と大差はない。尤も顔は確かに美男子の部類で女子からのウケもいいみたいだ。
が、一つだけ妙な点のある男ではある。
「何でそうつめてーのお前?」
「いやいやいや、自分のしてることわかってっか?めちゃめちゃ邪魔だから」
この男、とにかくよく喋るのだ。それも俺に対してだけやたら喋る。それはもう、猛烈に。
普段から口数の少ない男ではないが、たまにこうやって二人になると息つく暇もないのではと心配になるくらい喋る。
えー?と俺の言った言葉を右から左に華麗に流す奴に俺は呆れをできる限り混ぜ込んだ息を吐き出す。
一言くらい文句を言ってやらねば。
「でも、聞いてくれるんだよなぁ」
たったそれだけ。たった一言。ぽつりと零された言葉。
なのにそれは、喉まで出かかった言葉が引っ込むくらい優しい力で俺の胸をぎゅうっと締め付けた。
あまりに驚いてプリントに伏せていた顔を上げると、奴は組んだ自分の腕に顔を埋めるように机に突っ伏していた。
「・・・そりゃまあ、ダチだから・なぁ・・・」
それを言うのが正しかったのかわからないけれど、俺は反射的にそう言った。
じゃなきゃなんだかこいつが泣いてしまうような、そんな気がしたから。
すると奴はそのままの体勢でハハッと声を出して笑って、うん、とだけ言った。
声が止んだせいで教室にはシャーペンが走る音と外の部活動の声、あとは開いた窓から入ってくる風の音だけが静かに漂う。
喋るのをやめたそいつは、それでも俺の前にずっと座っていた。
ある7月の夕暮れ。俺たちがこの校舎で過ごす、最後の夏の始まりの日だった。