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ハロー、宇宙人

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ハロー、宇宙人




 ハロー、ハロー、宇宙人です。君のSOS信号を受信して、300光年先からこの地球までやってきました。名前はサイレージです。地球ではサイレージというのは、牛の飼料のことを言うのだと最近知りました。君にサイレージの匂いを嗅がせて貰った時、サイレージが思ったよりも臭かったことに僕はショックを受けました。僕は草原のような匂いを想像していたのです。しかし、そのサイレージを牛くん達が美味しそうに食べているのを見た時、僕は改めて自分の名前が素敵だと思いました。


 僕には仕事があります。君を救うという仕事は地球に来た瞬間に完了してしまいました。君が発していたSOS信号は僕と出会った瞬間にピタリとやんでしまったからです。本当にピタリととまってしまったのです。猛吹雪がやんで青空が広がるように、君の心は晴れ上がってしまいました。だけど、来たからには簡単には帰れません。君のところに来るまで、僕は5000ペコロンもの時間を掛けて地球に来たのです。ちなみにペコロンという単位は宇宙では一般的な単位ですからね。君を救う仕事がなくなってしまって、でもタダで帰るわけにはいかない僕の今の仕事は、君の農場のお手伝いをすることです。


 君の農場は広くて、とても気持ちのいい空気が流れています。遠い遠い丘の向こうまで芝草が広がって、夏は青々とした草を靡かせながら風が通り過ぎていく。牛くんや羊くんの声が時々やんで、全身が風と草の音に包まれる瞬間が僕はすきだ。僕が僕の身体から抜け出して、風に流されて飛んでいく気がする。


 君は嬉しい時、鳩くんを飛ばす。真っ白い鳩くんが12羽、パァッと青空を飛び上がる姿はとてもキレイだ。君は丘の上で赤い旗を振る。鳩くん達は君の旗が動きに合わせて飛び回る。僕はそれを見て、もう宇宙には帰らなくてもいいんじゃないかと、ふと思う。真っ暗な宇宙よりも、僕は君の農場の方がすきだ。牛くんに僕と同じ名前の草を運んだり、羊くんの毛をチョキチョキしたり、鳩くんが飛んで、君が丘の上で旗を振っている姿を見るほうがすきだ。


 宇宙に帰りたくない、と言ったら君は笑った。帰らなくていいんだ、と僕の頭を撫でて言う。だけど、君はもうSOSを発していない、僕のいる意味はないよ。そう言うと、君は唇に人差し指を当てて、黙って、と僕の次の言葉を制した。


 僕はね、寂しがり屋なんだ。そうして、サイレージも寂しがり屋だ。だから、僕のSOSが聞こえたんだ。寂しい気持ちは寂しい人にしか聞こえないからね。宇宙人が来るなんて予想外だったけど、僕はサイレージが来てくれて嬉しい。サイレージが「ハロー、宇宙人です。あなたのSOSが聞こえたのでやってきました」って来た時、僕は初めて寂しさを忘れたんだ。僕の心臓が絶えず発していたSOS信号がやんで、僕は心に魂が生まれたのを感じたよ。人はね、誰かと一緒にいなくちゃ魂が消えちゃうんだ。その誰かがたとえ宇宙人でもね。サイレージが宇宙に帰っちゃったら、僕の魂はまた前みたいに消えちゃうよ。そうして、またSOS信号を出し始めるんだ。さみしくてたまらない、ってね。そうしたら、サイレージはまた5000ペコロンもかけて地球まで来なくちゃいけなくなるよ。


 それは、面倒臭いですね。僕がそう言ったら、君は、そうだろ!と高らかな声をあげて笑った。そうして、僕をぎゅうっと抱きしめて、だからサイレージはここにいなくちゃダメなんだ!と嬉しそうに叫んだ。空に浮かぶ雲の向こうで、チカリと宇宙の星がきらめいた。あれはきっと僕の故郷で、僕にさよならを言ったんだと思う。


 ハロー、ハロー、僕はサイレージ、宇宙人です。だけど、僕はここで地球人になるかもしれません。僕の仕事は、牛くんや羊くんのお世話をしながら、ここで一生君とすごすことだから。嬉しい時には鳩くんを飛ばしたりしながらね。
作品名:ハロー、宇宙人 作家名:耳子