ナン帝国の逆襲
緊張と、自身の塩っ気で目が痛い。
いつからこんなことを続けているのだろう……森に紛れるために抹茶を全身に塗りつけていたが、湿度が高く、粉は固まりゴアゴアになっているようだ。
「くっ……帝国の犬の見張りをするだけのちょろいしごとだとは聞いていたが、全くちょろくないじゃないか……」
コッペパンは、引き金にかけた指が、じっとりとするのを感じた。汗と抹茶粉が混ざって、名状しがたい感触になっている。
「くそっ……雨が降るなら、レインコートでも着てくればよかった……」
コッペパンは、にくにくしそうに言います。
彼の頭の中には、仕事が早く終わるように、ということしかありません。
……そのとき、コッペパンが覗くスコープの向こうに、人の影が映りました。
テントから出てきたようです。かなり遠いのか顔は分かりませんが、こちらに歩いてきます。
「……ククッ、ついに来たか……」
コッペパンは、銃をかまえて、ターゲットに対して狙いをさだめます。
「さあ、あたまを吹き飛ばされたいのは、どこのどいつだ……?」
ひきがねに指をかけなおし、その人物の顔が見えるまで待ちます。
……そのとき。
コッペパンのヘッドセットから、依頼人の声が聞こえてきました。
『聞こえるか、マル・コッペパン』
「その声は……依頼人、コシ・アンパンか。どうした?」
『ご苦労だったな。依頼は中止だ』
コッペパンの息が、一瞬とまります。
「なんだって?」
『依頼は中止だ。報酬はもう振り込んである』
コッペパンは、スコープから目をはなさないようにしていいました。
「……軍事キャンプから一人、こちらに向かってくるやつがいる。ころさなくていいのか?」
『ああ。事情がかわってな。われらがパン王国の上層部のカビ切ったやつらが、ナン帝国側に寝返って圧力をかけてきたようだ』
「それは……つまり」
ヘッドセットから返事はありません。
『……そういうことだ。報酬は、イースト銀行の君の口座に振り込んである。ご苦労だった』
通信は、そこで切れました。
コッペパンは、歯がみして、振り切るようにスコープから目を離しました。
「今回も……殺せなかったか」
吐き捨てるように言うと、コッペパンは、深い森のなかにすがたをけしました。