レベル7
乾燥した空気が僕の口をカラカラにする。
雨なんてもう5年は降っていなかった。
先程の戦闘で壊滅させたコミュニティーからは、
めずらしく大量の物資が調達でき、
当分は食べていけそうだった。
彼女は戦利品の中から支給された缶ビールを一気に飲み干す。
しかし飲み終えた後の彼女の手には、サビた缶の粉がびっしりとついていた。
その粉を気にせず払い落すと、彼女はこちらをしっかりと見据えて話し始める。
「戦争という状況下で、パートナーとして生き残るには、
弱い面も辛い事も全て見せ合った、深い信頼関係が必要なんです。
その絆は、時として銃より強い武器になる。
あの日の夜の経験で、お互いの絆が強化されたから、
私は今日の戦闘で、あなたを救う為に全力を掛けた。
そしてあなたも、私の指示に全幅の信頼をよせられた。
どちらかが少しでも疑い、迷いが生じたなら、
私達は生き残る事はできなかったでしょう。
誰も信用できない、仲間ですらいつ裏切るか分からないこの世界で、
全幅の信頼を寄せ合えるパートナーの存在が、どれほど強力な武器になるか、
あなたにだってわかるでしょ」
割れた窓ガラスからは、強風に巻き上げられた砂が舞い込み、
部屋の隅々にまで堆積していた。
僕は口の中にまで入り混んだその砂を吐き出してから、彼女に問いかける。
「それじゃ君は、自分の全てをさらけ出す行為も、それにより生まれた絆も、
自分が生き残る為に利用していたというのか」
「例え利用したと言われようと、それらは決して偽物じゃないわ!
全て正真正銘の私だった」
強い意志を感じさせる彼女の目は、砂に覆われたこの世界で、
水を湛えた湖の様に見えた。
しかし、その瞳に躊躇する事なく僕は本題に切り込んだ。
「そうか、それじゃ〜聞くが、もしその絆が、じゃまになったら。
つまり、生き残る為に、僕を見捨てる必要が生じたら、
君は僕を、見殺しにするのかい?」
一瞬の沈黙の後、
彼女はその深い湖の様な目を僕から逸らし、
外に広がる砂漠へと視線を移した。
「その答え、聞きたいの?」
僕は一瞬迷い、首を縦に振る替わりに、こう言った。
「君が、自分が生き残る事しか考えていないのなら、
それが君の最終目的なら、その為に全ての行動が行われているのなら、
答えは聞かなくてもわかる」
その言葉に彼女はこちらを向く。
傷だらけの拳が、強く握り締められていた。
「あなたの言う通りよ、
それが私の最終目的よ。でもそれがなんだっていうの!?
みんなそうよ、みんなみんなそうなの、
生き残るのに必死なの、
ここに来た以上、あなただってそうなはずよ!
でも私があなたの前でさらけ出した私は、本当の私よ、
仮に私があなたを見殺しにしたとして、
私が傷つかないとでも思う!?
きっとすごく辛いわ。
あなたを失うなんて、今想像しただけでも心が握りつぶされそうよ、
だけど、その苦しみを乗り越えていかなきゃいけないの!
今までも、沢山沢山、乗り越えてきたの」
「なんて勝手な!、そして俺は死ぬわけか。
俺は君にとって利用価値がある間だけ、生きていられるってわけだ」
「そういう言い方しないで!」
「そう言ってるのと同じじゃないか!」
「そうだ、俺がさっき言った状況が逆転したらどうなるか、
つまりは、君を見殺しにすれば俺は生き残れる。
そうなった時、俺はどうするか教えてやろうか」
「どうなんだよ!聞きたいかその答えが!」
彼女は下を向いてずっと黙っていた。
僕もそこまで言ってしまうと、次の言葉もなくずっと黙っていた。
そこには、不思議と静かな沈黙が流れていた。
「君は、その答えを知っているんだよな、
だからこそ君は、俺を選んだんだから」
「言ってあげよう、俺は君を見捨てる事はできない。
例え自分が死ぬ事になろうとも、君の命を助けるだろう。
君はそうした愛を提供され、そしてその屍の上に立っているんだよ」
「そうね、あなたの言う通りだと思うわ、だけど私は、
その屍達に、屍になってもいいと思えるだけの物を提供しているのよ、
だからみな、私の為に死んでくれるの。
私からそれを強要した事は一度だってないわ」
「君のそういう所が、頭がいい分余計悪質なんだよ」
「あなたの言う通りかもしれない、
でも私は屍達に最高の物を提供する為に、誰の前でも全力だった。
私は、私の全てで、彼らにぶつかっていったのよ。
どんな相手であろうと、私は一度も手を抜いた事なんてない!
そしてみんなみんな、そんな生身の深い触れ合いに飢えていた。
だから私は彼らの望む物を提供したの。そうしたら、みんな、
進んでこの世界に移住してくれたわ。
私に出会わなければ、彼らの多くは、
きっとそうした深い幸せを知る事なく、死んでいったのよ。
彼らだって、私に出会えて幸せだったと思うわ。
みな後悔なく死んでいったわよ! 理想の死に方じゃない!」
それを聞くと、僕はそっとほくそ笑み、静かに彼女の方へ歩み寄った。
静かに、しかし一歩一歩、確実に。
そして彼女のすぐそばまでくると、その耳元でささやいた。
「そういうのを自分勝手っていうんだよ。
僕はね、今の話に出てきた男達とは違うんだよ。
いいかい、さっき言った事も全部、ウソだ。
僕は自分が死んで、君がまた他の男達の物になってゆく事に、
耐えられそうにないんだよ。
君には、僕だけの君でいて欲しいんだ。僕だけの物にしたいんだよ。
そして今ここで、君を殺してしまえば、君は永遠に僕だけの物になるんだ!」
そう言うと僕は彼女の首へと手を伸ばし、そして一気に締め上げた。