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俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上)

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第10部 ピアノとワインと雨の夜



たどたどしくて
遠慮がちで
途切れとぎれな
ピアノの音

だからって
遠慮がちなら
いいってもんじゃない

耳障りで
聞くに堪えない
あのメロディは
チョップスティックス?

誰だ
こんな時間に
はた迷惑な

それに今どき
バイエル習う前の子だって
もうちょっとは
まともに弾く

宴も果てて
夜も更けて
フロアには
人っ子一人
いるはずないのに
グランドピアノに
ポツンと明かり

迷演奏の犯人は
ワイングラス
片手のあんた

いい年した女が
なんてザマ

家に帰る気
あるのかないのか
厨房のワイン
無断で勝手に
持ち出して
ホロ酔いの域も
とっくに超えて

ひとり
晴れもしない
憂さ晴らしの真っ最中

チョップスティックス
くらいでよけりゃ
教えてやる
クロカンブッシュの
ご褒美だ

意外と器用で
2度目にはもう
伴奏にメロディを
合わせてきた

もちろん指は
右も左も
人さし指
1本ずつでは
あったけど

何気なく訊いた
受け流されると
覚悟はしてた

「何で泣いた?
あんな奴にまだ
未練があった?」

「人も
人の心も
いつか変わる
それがわかって
茫然として
泣けてきた」と

酔っ払いのくせに
はぐらかしもせず
悔しそうな目で
遠くを見た

たかだか30の身空だろ
そこまで悟れば
たいしたもんだ

でも サムスン
俺に言わせりゃ
あんたは充分
恵まれてる

恨めしかろうが
悔しかろうが
自分の恋に
自分できっちり
けりつけて

その目ではっきり
結末だって
見たんだろ

それだけでも
あんたははるかに
幸せ者

ふたりして
3本目のワインを
空けるころ
あんたはポツンと
つぶやいた

サムスンという名は
大嫌い
何が何でも
ヒジンに変えると

指が動くに
まかせて弾いた
親の世代の歌謡曲

知ってるだけでも
驚きなのに
歌詞も完璧に
すらすら歌った

あどけない
声だった

それからまた
夢見心地でのたまった

テーブルの
3つ4つもあればいい
小さくても
おいしい店だと
言われるケーキ屋
開きたいって

あんたなら
じき叶えるさって
俺はあやうく
言いかけて
ワインを口に
慌てて含んで
ごまかした

俺より3つも
年上なのに
酔っぱらうと
子どもみたいで
年上なんだか
年下なんだか

あけっぴろげで
飾り気なくて
話し始めりゃ
可笑しくて

ワインも時間も
いくらあったって
足りそうもなくて

だけど
降り出した雨は
どしゃ降りの一歩手前で

どうひいき目に聞いたって
あんたのロレツは
もう回ってない

誰が見たって
もうお開きだ

おい!

いくら酔ってたって
立つ時ぐらい
足踏ん張って
しゃんと立て!

抱きとめるだろ
誰だって
男も女もあるもんか

目の前の相手が
つんのめって
よろけようかって
いうときに

それを
ありがとぐらい
言うならまだしも
モゾモゾもがいて
ふりほどく?

罰当たりな
俺は痴漢か

カチンときた

俺が支えてなかったら
今ごろ派手に
すっ転んでる分際で

頭に来たから
抱きとめた手を
放すのやめた

恋人芝居のことなんか
きれいさっぱり
忘れてた

あんまりしつこく
もがくから
こっちも妙に
意固地になって
抱きとめたまま
引き寄せた

引き寄せてみれば
意固地が高じて
憂さ晴らしと気晴らしの
おまじないを
してやりたくなった

だけど
これっぽっちの
以心伝心が
これまたえらく
難しくて

「目 閉じないの?」

もどかしくなって
尋ねたら

尋ねてるのは
俺なのに
答えもしないで

-酔ってるでしょ?-

あんたは目で
そう訊いてきた

訊くのと同時に
“攻撃は最大の防御なり”

あんたは
戦いの鉄則で来た

見事な先手で
あっけにとられて
俺は
かかしみたいで

女に不意に
キスされるなんて
1度でじゅうぶん
頭ん中は
真っ白なのに

そしたら
何を思ったか
ゆっくり
しがみついてきて

今度は堂々と
キスされた

よける気も
起こらないほど
実に
正々堂々と

ピアノの礼?
身の上話
聞いてやった礼?
あんた流の
憂さ晴らし?
それとも
ただの気まぐれ?

酔ったはずみだったって
明日になったら
言うつもり?

何せ
あんたの酒ぐせは
前科一犯
忘れもしない

弁が立つ
いつものあんたは
どこ行った?
こんなときだけ
黙ってるのは
反則だって
文句のひとつも
出かかったけど

口なんか利けないし
いつのまにか
ごちゃごちゃ御託を
言う気も失せた

あんたの腕と唇は
あんまりにも温かくて
「嘘じゃない」
そう言ってた

疑うにも
茶化すにも
あんたの腕と唇は
あまりに必死で
まっすぐだった

自惚れなら
これ以上ない
マヌケな
お笑い草だけど

嘘じゃないならいい
だまされたつもりで
信じてやる
そう言ってやりたかった

言ってやりたかったけど
口ふさがれて
返事もできず

返事の代わりに
そっと背中を
引き寄せた

求められたものを
求められたときに
返してやれること

それが単純に
うれしかった

女だてらに
キスしてきたのも
あんたが初めてなら

男の沽券も
へったくれもなく
ただ素直に
受け止めてやりたいと
思ったのも初めて

こんなに穏やかに
受け止めてやれるのも
あんたが初めてだ

少々酔っては
いるけど俺は
はずみなんかじゃ
決してない

嘘だと思うなら
思ってていいけど

こんなこと
言ったが最後
鬼の首でも
取ったみたいな
あんたの顔が
目に見えるから

だから
死んでも言わないけど