死滅回遊魚の鳩尾
旋風三重奏〜ドラムス〜
「先輩のこと好きです。俺と付き合ってください」
「あの、そのお気持ちはすごく嬉しいです。でも、ごめんなさい。私には好きな人がいるのです」
アタシはこれでも花の高校生真っ最中だ。あと数か月で葉桜だけど。
世間ではアタシも女子と言うことで、制服はスカートだ。自分がスカートを履いている姿と普段の服装とのギャップに何となく笑えてしまう。
髪を切ってしまったミリカは、当然ながらアタシと瓜二つ。それでも女の子だという絶対の雰囲気が滲み出ていた。
ミリカの失恋騒動からなんだか気まずくなり、自ずと二人で行動することも減った。
二人で登下校をするにはする。でも会話がないだけでこんなに重苦しい空気になるとは思わなかった。
ちらりと隣を見る。俯いて歩くミリカは案の定一言も発しない。
元々お喋りの類が得意ではないのだが最近は特に口数が少ない。受動的であるミリカに代わって、アタシが一歩を踏み出さないといけないのかもしれない。
まだあの夢を見る。延々と背中を追いかけて風のように走って走って目が覚める。
あの背中はミリカだと思っていたが、もしかしたら背徳的な自分を律するもう一人の自分だったというオチか。
誰に言えるわけでもなく、アタシはアタシで勝手に悶々としていた。
アタシとミリカはクラスが違う。遠のいていた足を運んで、久しぶりにミリカのクラスへ行くが、肝心の彼女の姿はない。
近くにいた女子に行先は知らないと言われて、とりあえず学校をぐるりと巡る。
それを知ったのは閉鎖されている屋上への階段を上っている時だった。
屋上へ出る扉のすぐ下の踊場。ミリカと相対する女。同じクラス故に顔だけは分かる。名前はユリナとか言っていた気がする。
高校生の経済事情の割に合わない高級な化粧品やバッグを持っていたりする。学校帰りに年上の男と歩いていたとか、見るたびその男が違うとかいろいろと噂もあった。
「ちょっと!いい加減あたしに謝んなさいよ、この男たらし!」
「本当は他にも男ひっかけてんでしょ!」
「人の弟を汚しやがって、どうしてくれんのよ!」
一方的に口汚く罵るユリナの前で、黙って俯いて耐えているミリカ。アタシは自分がキレたと認識する前に体が動いていた。
ユリナの肩を掴んで押しのけると、短い悲鳴が聞こえたがそんなのは無視。震えるミリカの肩を抱き寄せると、これでもかというくらいに声を張り上げた。
「アンタ、アタシの妹に何してんだ!しばくぞ、ゴラァ!」
アタシは問題児である。ただただ言葉が荒いだけなのだが、学校側からしてみれば大問題には変わりない。
ユリナは突然現れ、全力で威嚇するアタシに虚を突かれたのか、興が削がれたのかあからさまに不機嫌な顔で去っていった。
「ミリカ、あいつ何?」
あれだけ怒りに任せて叫んでおきながら、ミリカに問いかける声が妙に優しい自分に少し呆れる。
ミリカは白い顔でふるふると首を横に振る。罵倒される心当たりがないんだろう。あいつはいい加減、と言っていた。ならば今回が初めてではない。
懲りずに同じようなことをしていたユリナと、それに気付けなかった自分の愚かさに、ぶり返して倍増する怒りを何とか鎮めてミリカを気分が悪いことにして保健室に連れて行った。
そして、人が滅多に来ない場所を指定してる辺り、あの一喝だけでは終わらないと確信したアタシは、ちょっとした予防線を張ることにした。
ユリナには一つ下の弟がいて、同じ学校に通っている。ユリナは自他共に認めるブラコンで、時間さえあれば場所を弁えることなく弟にべったりだった。
アタシも何度か目撃したことがあるし、当の本人はというと本気で嫌がっているが、それで止まる気配はない。
だからそれを利用しようと考え、教室に行く前に弟の元へ行く。
「あの、俺に何か用ですか?」
いきなり知らない先輩に呼ばれた彼は緊張と警戒が入り混じった硬い表情をしていた。
「あのね、あなたのお姉さんはアタシの妹をいじめてるみたいなの。だから、お返しに弟のあなたをいじめていい?」
「あ、いや、先輩、そのことで」
別に彼をどうこうしようという魂胆はない。ただ敵対心だとしても味方が欲しかった。アタシを擁護しなくていい、姉の敵でいて欲しかった。それがそもそも効果があるのか分からないけど。
何か言いかけた彼を無視して、アタシは休み時間の終わりを告げるチャイムに教室へと急いだ。心臓が無駄に高鳴っている。やっぱり慣れないことはやるもんじゃない。
放課後、ミリカを玄関で待たせ、忘れ物を取りに教室へ戻る。外はまだ明るいとはいえ電気が消えている校内は薄暗い。
教室の閉じられているドアを開ける。そこには机の上で衣服を乱し絡み合う男女がいた。アタシは目の前の光景が理解できず硬直する。
二人も突然の来客に目を見開いて硬直している。真っ白な頭でもその男女がユリナと男教師だということは分かってしまった。
何秒、視線がぶつかっていただろうか。胃の辺りからこみ上げるものがあり、アタシはたまらず体を折り曲げその場でえずいた。しかし何も出ず、ただ不快感だけが押し上がる。
アタシが動いたことで我に返ったのか、男教師が慌てて衣服を正すと、何を思ったのか近づいてくる。汚れきった男の手が、アタシの肩を掴もうと伸びてくる。
半狂乱に陥ったアタシは持っていたカバンを振り回し、あらん限りの声と汚い言葉で罵った。後半は言葉になり切らず、本当の狂人のようにただ喚いているだけだった。
あの噂は本当でミリカをあんなにも汚く罵っていた本人が何より汚れていたのだ。数々の男に塗れ、快楽に溺れたその体に触れてしまった。
アタシの声で何事かと教師や校内に残っていた生徒が集まってくる。その事態にまだ呆けていたユリナも慌てて制服を正すが、何となく事態を察した野次馬たちは、ユリナと男教師を汚いものでも見るかのような眼差しで見ている。
アタシは気が付けば涙と鼻水と唾液とでぐちゃぐちゃの顔で、騒ぎを聞いて駆け付けたミリカに縋り付き、子供のように泣いていた。
「先輩のこと好きです。俺と付き合ってください」
「あの、そのお気持ちはすごく嬉しいです。でも、ごめんなさい。私には好きな人がいるのです」
アタシはこれでも花の高校生真っ最中だ。あと数か月で葉桜だけど。
世間ではアタシも女子と言うことで、制服はスカートだ。自分がスカートを履いている姿と普段の服装とのギャップに何となく笑えてしまう。
髪を切ってしまったミリカは、当然ながらアタシと瓜二つ。それでも女の子だという絶対の雰囲気が滲み出ていた。
ミリカの失恋騒動からなんだか気まずくなり、自ずと二人で行動することも減った。
二人で登下校をするにはする。でも会話がないだけでこんなに重苦しい空気になるとは思わなかった。
ちらりと隣を見る。俯いて歩くミリカは案の定一言も発しない。
元々お喋りの類が得意ではないのだが最近は特に口数が少ない。受動的であるミリカに代わって、アタシが一歩を踏み出さないといけないのかもしれない。
まだあの夢を見る。延々と背中を追いかけて風のように走って走って目が覚める。
あの背中はミリカだと思っていたが、もしかしたら背徳的な自分を律するもう一人の自分だったというオチか。
誰に言えるわけでもなく、アタシはアタシで勝手に悶々としていた。
アタシとミリカはクラスが違う。遠のいていた足を運んで、久しぶりにミリカのクラスへ行くが、肝心の彼女の姿はない。
近くにいた女子に行先は知らないと言われて、とりあえず学校をぐるりと巡る。
それを知ったのは閉鎖されている屋上への階段を上っている時だった。
屋上へ出る扉のすぐ下の踊場。ミリカと相対する女。同じクラス故に顔だけは分かる。名前はユリナとか言っていた気がする。
高校生の経済事情の割に合わない高級な化粧品やバッグを持っていたりする。学校帰りに年上の男と歩いていたとか、見るたびその男が違うとかいろいろと噂もあった。
「ちょっと!いい加減あたしに謝んなさいよ、この男たらし!」
「本当は他にも男ひっかけてんでしょ!」
「人の弟を汚しやがって、どうしてくれんのよ!」
一方的に口汚く罵るユリナの前で、黙って俯いて耐えているミリカ。アタシは自分がキレたと認識する前に体が動いていた。
ユリナの肩を掴んで押しのけると、短い悲鳴が聞こえたがそんなのは無視。震えるミリカの肩を抱き寄せると、これでもかというくらいに声を張り上げた。
「アンタ、アタシの妹に何してんだ!しばくぞ、ゴラァ!」
アタシは問題児である。ただただ言葉が荒いだけなのだが、学校側からしてみれば大問題には変わりない。
ユリナは突然現れ、全力で威嚇するアタシに虚を突かれたのか、興が削がれたのかあからさまに不機嫌な顔で去っていった。
「ミリカ、あいつ何?」
あれだけ怒りに任せて叫んでおきながら、ミリカに問いかける声が妙に優しい自分に少し呆れる。
ミリカは白い顔でふるふると首を横に振る。罵倒される心当たりがないんだろう。あいつはいい加減、と言っていた。ならば今回が初めてではない。
懲りずに同じようなことをしていたユリナと、それに気付けなかった自分の愚かさに、ぶり返して倍増する怒りを何とか鎮めてミリカを気分が悪いことにして保健室に連れて行った。
そして、人が滅多に来ない場所を指定してる辺り、あの一喝だけでは終わらないと確信したアタシは、ちょっとした予防線を張ることにした。
ユリナには一つ下の弟がいて、同じ学校に通っている。ユリナは自他共に認めるブラコンで、時間さえあれば場所を弁えることなく弟にべったりだった。
アタシも何度か目撃したことがあるし、当の本人はというと本気で嫌がっているが、それで止まる気配はない。
だからそれを利用しようと考え、教室に行く前に弟の元へ行く。
「あの、俺に何か用ですか?」
いきなり知らない先輩に呼ばれた彼は緊張と警戒が入り混じった硬い表情をしていた。
「あのね、あなたのお姉さんはアタシの妹をいじめてるみたいなの。だから、お返しに弟のあなたをいじめていい?」
「あ、いや、先輩、そのことで」
別に彼をどうこうしようという魂胆はない。ただ敵対心だとしても味方が欲しかった。アタシを擁護しなくていい、姉の敵でいて欲しかった。それがそもそも効果があるのか分からないけど。
何か言いかけた彼を無視して、アタシは休み時間の終わりを告げるチャイムに教室へと急いだ。心臓が無駄に高鳴っている。やっぱり慣れないことはやるもんじゃない。
放課後、ミリカを玄関で待たせ、忘れ物を取りに教室へ戻る。外はまだ明るいとはいえ電気が消えている校内は薄暗い。
教室の閉じられているドアを開ける。そこには机の上で衣服を乱し絡み合う男女がいた。アタシは目の前の光景が理解できず硬直する。
二人も突然の来客に目を見開いて硬直している。真っ白な頭でもその男女がユリナと男教師だということは分かってしまった。
何秒、視線がぶつかっていただろうか。胃の辺りからこみ上げるものがあり、アタシはたまらず体を折り曲げその場でえずいた。しかし何も出ず、ただ不快感だけが押し上がる。
アタシが動いたことで我に返ったのか、男教師が慌てて衣服を正すと、何を思ったのか近づいてくる。汚れきった男の手が、アタシの肩を掴もうと伸びてくる。
半狂乱に陥ったアタシは持っていたカバンを振り回し、あらん限りの声と汚い言葉で罵った。後半は言葉になり切らず、本当の狂人のようにただ喚いているだけだった。
あの噂は本当でミリカをあんなにも汚く罵っていた本人が何より汚れていたのだ。数々の男に塗れ、快楽に溺れたその体に触れてしまった。
アタシの声で何事かと教師や校内に残っていた生徒が集まってくる。その事態にまだ呆けていたユリナも慌てて制服を正すが、何となく事態を察した野次馬たちは、ユリナと男教師を汚いものでも見るかのような眼差しで見ている。
アタシは気が付けば涙と鼻水と唾液とでぐちゃぐちゃの顔で、騒ぎを聞いて駆け付けたミリカに縋り付き、子供のように泣いていた。