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暗躍甲冑の後味
暗躍甲冑の後味
novelistID. 51811
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死滅回遊魚の鳩尾

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椅子取りゲーム

私はコピー機の前で溜息を吐いた。
本当に必要なのか分からないほど広いオフィスには怒号と電話の呼び出し音と誰かが叫ぶ指示と忙しない足音がひっきりなしに響いている。
南側には窓が並んでいるにも関わらず締め切っているため空気が淀んでいて頭痛さえする。
コピー機が吐き出した紙の量を見て私は更に溜息を吐いた。
次はこの紙をまとめて一部ずつオフィスにいる全員に渡して歩かなければならないのだ。
オフィスには数百ものデスクが並んでおり、その席全てが埋まっている。
通路は絶えず行き来する人がごった返し、はみ出した備品が溢れて最早通路としての役目を果たしていない。
その様子を一瞥しただけでまた重い溜息が出る。コピー機の前まで来るのにも多大な苦労が必要なのだ。
ああ、もうすぐ就業時間が終わる。しかしすぐに帰れるわけもなく、帰ろうとする人もいないだろう。

ふと、自虐的に巡らせていた視線を止める。そこには一つのデスクがあった。
窓に背を向けるように置かれている他のデスクとは違い、窓を左側に置いたデスクには初老の男性が座っていた。
忙しなく動き回る社員とはかけ離れたゆったりとした緩慢な動き。
私には色褪せていたオフィスの中で、そこだけが色鮮やかに映った。
無意識のうちに私はその男性の隣へ歩み寄っていた。
「あの、席を代わっていただけませんか」
私もそこに行きたい。そう思った末の言葉だった。
よくよく考えれば会社で、人の席が羨ましくなった程度で席を代わってほしいなどと非常識極まりない言動だ。
しかし、男性は怒るでなく、嫌な顔どころかにこやかに笑って言った。
「ちょうどよかった。私は今日で定年なのですよ。だからあなたに譲りましょう」
男性が言い終ると同時に就業時間を告げるチャイムが鳴る。男性は立ち上がって会釈をすると、ごくわずかな私物を持ってそのままオフィスの出口へと姿を消した。
人の往来を慣れた動きでかわしながら進むその姿には一種の感動すら覚えた。
私は、その動きにつられるようにごく自然な動きで待ち望んだ椅子に座る。
さっきまで煩く聞こえていた怒号と電話の呼び出し音と誰かが叫ぶ指示と忙しない足音はまるで壁一枚隔てたように遠く聞こえた。
一瞬ここにいる誰もが恨めしそうに私を見る。私は意に介さずむしろ清々しい気分で窓の外を見る。
空を眺めるなんて何年振りだろう。ここに私の物はないけれど、その分すんなりと席は埋まるだろう。
コピー機はまだ紙を吐き出している。