目撃者
どうしてここに居るのか。
決して僕が何かをしたと言うわけではない・・・。
「では。もう一度お伺いいたします。貴方が見た方はこの方なのですね」
「はい」
厳つい顔をした刑事が僕の携帯電話の写メを見ながらそう言う。
「では。もう一つ質問します。貴方は残業をして夜遅くなりました。あの薄暗いあの通りでどうしてこの人だと断言できるのですか」
「はい。私は仕事柄いつも懐中電灯を持って仕事に行ってます。残業で深夜になることもありますので、それにあそこ。暗いじゃないですか。結構役に立ってるんです」と懐中電灯を触った。
「ほう」刑事は僕の目をまっすぐに見る。
僕も刑事の顔をじっくりと見た。
「では。常に持ち歩いているわけですね」
「はい」
僕は何も悪いことはしていない。だからそんな目でみられても、困るのだ。
「で。あの現場で事件に遭遇したと・・・」
「はい。そうです」
そう言うと、刑事の顔がより一層、眉間のしわを深くする。
やがて真一文字に結ばれた口はガマ口のようにパカッと開き、そのたばこ臭い口を僕に近づけた。
「なんか・・・ずいぶんと都合がよくありませんかねぇ」
「ええ。そうですね。だけど・・・持っていたのですから仕方ないじゃないですか」
僕もいい加減にしてくれと言わんばかりに興奮気味に答えると
「まあ・・・そんなに興奮なさらずに。取り調べっていうわけじゃないんですから」
そうなのだ。僕はただの目撃者なのだ。
それを通報するのが市民の役目。そう思っている。だから、僕はここにいるのだ。
それなのに、なぜか疑われている気がしてならない。
まあ・・・それは・・・・・慣れっこだ。
「では。次の質問です」
あの厳つい顔から発する丁寧な言葉には威圧感がある。
「ではなぜあの場で携帯電話のカメラで加害者の写真を撮れたのですか?百歩譲って携帯を手に持っていたとしましょう。あの状況下で証拠を撮ろうと機転を利かしたとしましょう。それでもね。貴方の携帯電話のカメラ機能だと撮影するのにおよそ10秒かかるのです。それでは犯人は逃げてしまいますよね」
僕は言葉に詰まった。どう説明したらいいのだろう。
「なんとなく・・・こうなるような気がして・・・」
僕は刑事から目線をそらした。
「なんとなくねぇ。あらかじめこうなることを知っていたと。ここで人が刺されるのを知っていたと言うんですね」強い口調の刑事は僕の顎を手に取り強制的に目を合わせた。
「知っていたというわけじゃないんです・・・・ただ・・・なんとなく・・・」
僕は何かわからないが疑われている気がして頭を下げ、目だけを揚げ刑事を見ると
刑事はまたガマ口を閉じ、天を見上げていた。僕は居心地の悪い雰囲気を椅子を座りなおすことでそれを紛らわせた。しばしの沈黙は僕を緊張させる
「こちらもね・・・」それを待っていたかのように刑事が口を開く。
すると急に取調室のドアがノックされ開いた。僕は少し安堵した。
「失礼します」と若い刑事がバツの悪そうな顔をしていたが、厳つい刑事に耳打ちをした。ホントか。と聞こえた。頷く若い刑事。そして厳つい刑事が机にもたれるようにため息をつき、こう言った。
「貴方の見た通り犯人が捕まりました。顔を見られ、写メまで撮られ、もう逃げられないと思って出頭してきたそうです。まあ捕まってよかったんですけどね・・・どこか腑に落ちないんですよ」
刑事は一度深呼吸をする。
「でも捕まってよかったです」と僕も安堵の声を出し、肩を落とした。すると、
「なあ。どうしてだ?お前。知ってたんだろ?おかしいじゃないか?あまりに用意周到すぎるだろ」先ほどまでの優しい口調とは違い、まるで僕も犯人の共犯者のように扱い始める。
僕はその豹変ぶりに怯え何も言えない。
「なんか言ったらどうなんだよ」
おそらくこの刑事の本性はこちらなんだろう。僕にその厳つい顔をにじり寄せてくる。
僕はどう説明したらいいのかわからず、目を閉じた。
机を叩く音。僕はそれに身をすくめる。
何もしてないのに・・・・。そんな時、取調室の扉が開き聞き覚えのある声が聞こえた。
「失礼しますよ」
入ってきたのは見覚えのある顔だった。僕は安堵感から頭を垂れ、涙した。
「どうしたんですか?ナベさん」
そうこの人はナベさん。たぶん渡辺さんだろう。詳しくは知らない。だけど僕はこの人を良く知っている。
「いやなあ。ちょっとな。俺が扱った事件に似たような事件がまたあったって聞いたから。寄ってみたんだけど・・・やっぱり君かあ」と座っていた僕の肩を叩く。
「はあ・・・」僕は間抜けな声を出した
「いやあ。君も災難だな。まあそのおかげで事件は解決したんだがな。あはは。いつもあんがとな」と去ろうとすると、先ほどまで本性を表していた刑事が紳士な態度で
「ナベさん。ご存じなんですか。彼?」と手のひらを僕の顔に出した。
「ああ・・知ってるもなにも・・・な」と僕を見て目配せをした。
「はい。いつもすみません」
「なに。気にすんな。おかげでこっちは楽できるんだから」と笑っていると刑事が面白くなさそうに
「でも彼はすべてまるでこの事件が起きるのを知ってたかのように・・・」そこまで言うとナベさんはそのガマ口を抑えた
「まあまあ。とにかく彼は運が悪いだけだ。なあ。そう言う事にしてやってくれ」とまた目配せをし、僕は何も言わずに頷いた。
「まあ・・・お前もいずれわかるよ」
「はあ。そこまで言うなら」と腑に落ちない形で僕は警察から解放された。
解放されてからも僕は毎日のようにその事件現場を通って歩く。もちろん懐中電灯と携帯電話を持って。
そして今日も・・・・おもむろに携帯電話のカメラを起動させる。
そして僕は今日も取調室にいる。
そしてあの厳つい刑事がそこに居る。
「おい。またお前か」
刑事はあきれ顔でそう言った。了