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恋文

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そうだ。文を書こう。

紙と筆をそろえなければ。いくらか小銭があったはずだ。昨日着ていた上着のポケットを探すが、財布は見当たらない。
「おかしい。」
上等な道具が無くとも文は書けるではないか。否、できるのであれば格好つけたいのである。起きたのは昼過ぎであった。私は腹の虫がなるのを無視して、財布を探す。
「いらないときにはそばにあるくせに」
探し物とはそういうものである。結局財布は見つからず、家中の散らばった小銭をかき集め、私は外へ飛び出した。文具店など知らぬ。これまで文を書くというキザな事をしたことが無いゆえ、どこへいけばよいのか検討がつかない。そんな俗なもの書いてくれるかと思っていた自分が、俗なものになってしまったという自己嫌悪ですら、あの人を想う気持ちが強いのだという恋心になりかわっている。
「はて。」
走りながら考える。止まりたくないのだ。とりあえず街で一番おおきなデパァトへ向かうことにした。反対側である。
「しかたない。急ごう。」
夕方になろうとしている。デパァトは何時に閉まるのだろう。まさか市役所のように早く閉まるのではないのか。そんなことすら分からないとはますます自分が世間から切り離されているという気持ちになる。そんな気持ちですら、世間からどれだけ離れていても、あの人だけと繋がっていたいという唯一感が心地よいのだ。今ならどんなことでもできそうだ。デパァトに着くと、何人かの人が入っていくのが見えた。間に合ったのだ。私は間に合った。これは神が応援してくれているのだ。私はすべてがうまくいく気がした。
すぐに買って帰ろうかと思ったのだが、私は驚いた。種類が多すぎる。私は目が廻ってきた。しかし、どれでも良いわけがない。あの人からセンスがないなどと思われたくないのだ。スヌゥピィというなにやら犬の絵の手紙が売れているみたいである。ここはひとつ俗に落ちきってやろうか。否、やめておこう。あの人には私は特別だと思われたいのである。世間一般の俗人と一緒だとは思われたくはない。高級手紙というものもある。こんな地味な紙がなぜこうも高い。結局、私は真っ白い紙に雲の絵の入った便箋と封筒を買った。筆はあの人には見られないので一番安いものを買った。
もう日は暮れた。あっという間だった。気がつけば夜。最近そんな充実した一日があっただろうか。どこからか元気があふれてくる。なんて澄んだ夜なのだ。よし、文を書こう。
家に帰るとすぐに机の上に散らばった本や扇子を追いやって地面に落とした。
「許せ。これは一大事なのだ。」
手紙書くには充分すぎる場所をとり、先ほど買った便箋を真ん中に広げた。先ほどの筆をとり、書こうと思ったのだが、何も出てこない。拝啓と書いたほうが良いのか。否、少しかたすぎる。もう少し親しみやすく書こう。「やぁ、元気かい。」これは少しおかしくないか。そうだ。季節の事を書こう。美しい花の事も書こう。ここであの人を褒めてやろう。きっと喜んでくれる。なぜだ。涙が出てきた。分からぬ。そうか。あの人に会いたいからだ。今の気持ちを素直に書こう。この文いっぱいに私の気持ちをたくさんのせてやろう。

あぁ、もう夜中。こんなに生きている心地がしたのは何年ぶりであろうか。今日は気持ちよく眠ることができるだろう。文は明日起きてから出そう。
 
「なんだ、これは。」
起きて、自分の文を見ると、顔が真っ赤になるくらいの恥ずかしさを覚えた。この文を出そうか躊躇う。あまりにも熱すぎる。遠くから美しくまた力強く地球を照らすその太陽は近づけば一瞬ですべてを灰にするように今の私の文は少しばかり熱すぎるのではないか。あの人はこの文が熱過ぎて引いてしまうのではないか。この文を出そうか躊躇う。今は朝だ。躊躇いすぎて目が覚めてしまった。どうする。ええい。封筒に入れてしまえ。封をしてしまえ。切手を貼ればもう出すしかなくなるのだ。ええい。
 しかし本当に出してよいのだろうか。そもそもあの人が手紙嫌いだとしたらどうするのだ。しかし、手紙を貰ってうれしくない人などいないであろう。そう信じるしかないのだ。  
なんてこの世は複雑なのであろう。文を出すだけでこんなにも悩ましい。ああ、にくい人。私はあなたが大好きなのです。


三日後


「気持ちが悪い。」
封すら開けられていない一通の手紙は、ただの手紙か恋文かも分かってもらえぬままくず入れに入れられてしまった。
「あぁ、愛しい人よ。今何をしているの。これからあなたに手紙を書きます。」

作品名:恋文 作家名:荒岸来歩