304号室 三尾千冬 ビバ★桜餅
PM5:00
夢の一人住まいの天敵、さくらは去った。
我が家は狭く、完全にプライベートな空間というものがなかなか持て無かったので
これだけの空間が自分だけのものだという開放感と幸福感は並大抵のものではない。
(まあ、さっき地元の友人に電話したら笑われたんやけど!)
「さあて、まずは仕事やなあ」
ここに来るまでのコンビニに置いてあった求人のフリーペーパーを広げてみる。
「残念!あそこのカフェ、募集してないんや・・・」
一通り目を通して、また畳に仰向けに転がる。
(なーんや、寂しい気もするなあ)
今まで一人になる事自体が少なかった。
妹は常にやかましく世話を焼いてくれてたし、両親は過保護気味だった。
近所のおじさんやおばさん達も気がつくと家に上がり込んでいたりして
結構毎日わいわいと賑やかに過ごして来た。
それが今、誰もいない。
(幸せな人生やなあ)
独りの今も、今までの事も。
我ながら前向きだと思う。
「ああ腹減った!」
とりあえずコンビニで買い込んだカップ麺をひとつ掴んで、立ち上がる。
湯なら自室で沸かせるので共用の台所に行く必要は無いけど、なんだか無性に人に会いたい気分だった。
「久しぶりにやかんで湯沸かしたるからな!」
謎の勢いで共用台所に突入する。が、人はいない。
「まあ、まだ5時やし・・・って、おおおおおおお!」
その代わりに、そこには想定外のものが置かれてあった。
『試作品ですが、もしよろしければお食べください。305号室 鏑木』
綺麗な字で書かれた張り紙と、整然と並べられた桜餅。
「神や!このハイツには神がおる!!」
空腹にナイスなボタ餅!いや、桜餅!!
「えーっと、花見やんなあ。俺、まず就職活動せんと妹にまた殴られるし・・・とりあえず名前書くのは保留かな」
独りで寒い事をつぶやきながら、パチン、と両手を合わせる。
「お隣の鏑木さん、ありがたくいただきます!挨拶もまだやのにすんません!!」
そして、桜餅をひとつそっとつまんで口に入れる。
「うおおお、うまい!これは熟練のおばあちゃんの味や!今度挨拶と一緒にお礼もせんとな!」
そして後日、この桜餅の作り主であるお隣の鏑木・オーエン・コイル氏が外国出身のナイスミドル
という事実を知り、ぶったまげたのはまた別の話し!
作品名:304号室 三尾千冬 ビバ★桜餅 作家名:甘党