小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

京都七景【第十一章】

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「帰省した時に母がぼくに訊いたんだ。『ねえ、マモル(ぼくの名前)さん。黒田さんとこの息子さんがね、この間、おとぎ話の妖精みたいにかわいい女の子を連れて帰って来てね。なにしろ、無口で真面目一方の息子さんのことでしょう、わたし、もう、びっくりしちゃって。しかもその子が数日泊まって行ったものだから、どうやら二人は結婚するらしいって、ご近所でも大変なうわさなのよ。同じ大学の女の子らしいというところまでは誰かが聞き出したらしいのだけれど、もしかして、あなた何か知らない?』ってね」

「カ、カ、カフ、カフ、カフカ女史だったのか?」と、大山が突撃を敢行する。

「そこは不明だ。だってぼくはカフカ女史を知らないものな」
「なあんだ、それなら俺にも全然まだ可能性はあるじゃないか」
「ところが、残念ながら、そうはいかない複雑な事情が、ほかにもまだあるんだ」
「うーん、じれったいな。いったい、何を知っているんだ?そんなに俺を苦しめて楽しいのか。な、おれを哀れと思って、もったいぶらずに一切合財おしえてくれ。うう、苦しい。もう、いかん。おれは胸がどきどきして張り裂けそうだ。後生だから俺に命があるうちに早く教えてくれ」
「わかった、わかった。すぐに話すから命を粗末にするんじゃないぜ。実はこういうことだ。その夏の終わりに、ぼくが下宿に戻ると、昼過ぎに露野がたずねて来た」
「ええっ?何でこの話に自分が登場するんだ。俺は何も関係していないぜ」と、露野が強く否定する。
「いや、この話は露野がぼくを訪ねて来たからこそ解決できるんだ。そのことに気づいたたのは大山が南禅寺の山門の一件を語り終えたころだから、露野がまだ気づいていないのも無理はない。まあ、先を聞いておいおい理解してもらえればいい。じゃ、話を戻すよ。
その時、露野はヘーゲルの『精神現象学』を読んでいて、どうにも分からなくて気分転換をかねて散歩に出た。そうだったよな?」
「その通り」
「たまたま、ぼくのアパートの前を通りかかったので、散歩に誘おうと寄ってみた。そうだったよな?」
「うん、その通り」
「それで、銀閣寺を見て、哲学の道をぶらぶらして、南禅寺まで来て、気晴らしに高いところにでも登ろうかということになって山門に上ることになった。そうだったよな?」
「うん、その通りだ。でも、心なしか、なんだか責められているような気がするけど、俺、何か悪いことでもしたのか?」と露野が恐る恐る神岡の表情を覗う。

「いやあ、すまん、すまん。話がいよいよ佳境に入ってきたのでひとりで興奮して、つい尋問口調になってしまった。申し訳ない。露野はどこもわるくないよ」
「おお、なら、安心したぜ。でもこれからどう展開するんだい?」
「まあ、それは聞いてのお楽しみだ。いいかい、よく聞くんだぜ、ここからが山場だからな。ぼくたちが山門に上ろうと例の急な階段を上っていく途中、降りてくる、さる男女の二人連れとすれ違ったのを、露野は覚えているかい?」
「二人連れだったかどうかは定かじゃないけど、クラスメートの女の子に会ったのは覚えているよ。つい、うっかり『あ、高瀬さんだ』って、声に出しちゃったからな」
「うん、それは、ぼくも覚えている。確かにそう言っていた」
「ええ、それってカフカ女史のことじゃないか!」大山が絶望的な声をあげた。

「やはり、そうだったか。あのとき露野から聞いた話だと、高瀬さんは、美人だが、ふわふわしていてとらえどころがないこと、クラスでただ一人独文科に進んだ女性だということだった。なるほど、その二つは、これまでの大山の話に出て来るカフカ女史に酷似している。が、しかし、今一つ確証に欠ける。だが今の大山の一言で、事態は急転直下、ぼくの予想していた通りの結末に至ってしまった。すまんな、大山。ここはすっぱりと、あきらめてくれ」
「おい、おい、俺には何が何だかさっぱり分からないよ。ちゃんと説明してもらわないとな。だって分かったのはカフカ女史に付き合っている相手がいるらしいってことだけじゃないか。それだって、どこまで深い関係なのかも分からないんだし」
「ああ、そうか。決定的一言をまだ言っていなかったな」一斉に視線が神岡に集まった。みんなは息を呑んで次の一言を待った。

「実は、あのときカフカ女史の後ろにいたのが黒田さんだった。ああ、お似合いだな、と瞬間的にぼくは思った。二人にどことなく強いきずなを感じたような気がしたから。それに、また黒田さんの下宿が南禅寺の近くなんだよ。一回生の時にそこで高校の同窓会をしたからよく覚えている。さあ、これがぼくの知っているすべてだ。どれを取っても二人の恋愛の事実を指し示していると思わないか?」
「俺が言うことじゃないが、そこまで、わかっているなら、ここはひとつ…」私は胸がつかえてそれ以上は言えなくなり、大山を見た。大山は肩を落としてうなだれている。口は強く結んだままだ。

「なあ、これっていいことなのかな。俺も面白がってやり始めたけど、供養する前に人の心を弄んでしまうようなことはないだろうか」と露野が懐疑的になる。

「そうだよな、大山の話を聞いていると何だか切なくてな、どうしても他人事とは思えなくなる。これ以上話すのはやめたほうがいいかも知れん」と堀井がしんみりと言う。

「ぼくも決して悪気で言ったんじゃないけれど、大山の未来の可能性を奪ってしまったようで何だか申し訳なく思う。やはりここで、やめようか」と神岡も負目を感じる。

「みんな、ありがとう。俺のためにこんなに気を遣ってもらって。でも、これで、いいんだ。おそらくそんなことだろうとは思っていた。だが、なかなか諦めがつかなくてな。理性的に考えれば結論は一つなんだが、はっきりした事実が明らかになるまでは、まだ希望を失くしたくなくてね。実は、あれから、おれも女史の気持ちを確かめようと、学内を探したこともあったんだ。でも会えなかった。どうやら、あの時以来大学には来ていないらしい。 
 だが、今の神岡の話で、何もかも納得がいった。ここまではっきりした以上、おれもこの恋にやっと「けり」をつけることができる。神岡君、それにみんな、どうもありがとう。悲しくないと言ったら嘘になるが、もともと、俺が言い出したことだ。これくらいの艱難辛苦は乗り越えてこそだ。いい供養になるよ。それに供養ができるということは、また新しく恋を始められるということだ。俺たちは若い。だから人生も長い。これから何が起こらないとも限らないではないか。黒田先輩とカフカ女史だって、まだ若い。結婚したからと言って、長い人生、離婚しないとも限らないではないか。まだ、可能性はある。その可能性を信じて俺は新しい恋に出発する。おお、何だか、お得な感じがするのは気のせいか?」

「ちっとも供養になってないじゃないか」とわたし。
「いや、いや、強がっているだけだから、放っておこう」と堀井。
「で、話は続けるんだね?」と、露野はあくまで冷静な姿勢をくずさない。
「これなら乗り越えていけそうだからな」と神岡が肩をすくめる。
「よし、これで俺の回は終わったぞ。うう、まだ心は痛むか。乗り越えなければならんな。じゃあ次に乗り越えるのは堀井だったな。よろしく頼む」と大山が堀井を促した。
作品名:京都七景【第十一章】 作家名:折口学