椛降りし廻り灯籠
そもそも貴方とは違う学年でありましたし、わたしは交友範囲もさほどでしたので……貴方と顔を合わせたことすら、わたしにとっては初めてでした。名前だってその時に知りました。告白なんて寝耳に水で、袖にしたことに罪悪感なんて湧くはずもなく。でもきっと貴方も分かっていたのでしょう、振られたというのに貴方はさっぱりしたような顔持ちで、わたしの方が虚をつかれたようだった事が昨日のように思い出されます。
しかしその日から、不思議なもので、今まで認識すらしていなかった貴方が視界の端々に映るようになったのです。少なからず意識していたのでしょう。貴方は声が大きくてよく喋るから、聞き耳を立てずとも貴方がどういう方なのか、段々と分かっていきました。
まず貴方はお友達が沢山いること。特に例の、校舎裏のご学友達とよく一緒に行動すること。たまに授業を抜け出すこと。そしてそれをお昼休みの食堂で大声で自慢して、聞きつけた先生に毎度しょっぴかれること。算術が得意なこと。体育の試験で一位をとったこと。しかしよく足をつること。まるで子供のように笑うこと。底抜けの明るい声で、笑うこと。
いつの間にか抱いていた心のムズムズした感じを恋と呼ぶのかは分かりません。色恋沙汰は未経験なものでしたので……けれど確実にわたしはあの日の、椛の降る放課後の、夕焼けを一身に浴びる貴方への返答を後悔していたのでした。これを恋と呼ぶのかは分かりません。しかし別れの日はすぐに、あっけなく訪れたのでした。
二つ下の貴方は出席しない卒業式を経て、わたしは制服を着なくなりました。それから月日は流れ、街はどんどんと変わりゆきました。貴方のことは記憶にしまい、わたしも老い、時はすぎて行きました。
けれどこうして最期に思い返すと、やっぱりわたしはあの時から貴方のことが好きだったのかもしれません。それはもう、裏も打算も何もないただ純粋な、恋と呼ぶにもまだ早い、心の根っこのところにある感情でした。
惜しむらくは、貴方ともっと話せなかったこと。もっと知れなかったこと。
あの日の以前に、貴方を知れなかったこと。
願わくば、また出会えることを。