下ネタで考える刑法5
刑法235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以上の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
「まんまと逃げやがった。」
刑事が吐き捨てるように言った。
その刑事の発言に対して、可憐な女性が反論する。
「いいえ、あのおじ様は何も盗んではいませんわ。」
刑事は女性の方に向きを変え、真剣な顔つきでこう言い放った。
「いや、ヤツはとんでもないものを奪って行きました。それは、あなたの心です。」
以上は、有名なアニメ映画の一場面。
大学の刑法ゼミに所属する西園寺玲は考えていた。
この場面を利用して、とある人物を貶めることができないかを。
標的は、玲の通う大学法学部の法学部長・早乙女教授である。
早乙女教授は、玲と玲の所属するゼミ担当教員・綾小路のいやらしい計画を阻止した(前回の話を参照)憎き男である。
玲の考えた計画はこうである。
早乙女教授の講義に毎回参加する。
その際、必ず女性の隣りの席に座る。
そして、講義が終了した時に隣りの女性にこう言うのだ。
玲:「いやぁ、早乙女先生にまんまと盗まれてしまいましたね。」
女:「え?」
玲:「あなたの心、盗まれちゃいましたね。」
これを繰り返すことで、早乙女教授に心を盗まれたという女性からの被害届が警察に殺到するに違いない。
計画が始まって2か月。
全く問題が起こらない。
なぜだ。
玲は、ゼミで指導してもらっている綾小路先生のところに質問に行くことにした。
「先生、心を盗んでも犯罪になりますよね?」
綾小路先生が即答する。
「犯罪にはならんよ。当然であろう?」
驚愕する玲。
「な、なぜですか!?窃盗罪にならないんですか?」
玲は、自らの計画を綾小路先生に説明した。
「フム。これは簡単な問題なんだがねぇ。刑法235条を読んでみたまえ。『他人の財物を窃取した者は』と書いてあるであろう。ここで言う『財物』には、有体物と電気が含まれる。電気については、刑法245条という条文で特別に『財物』とされているのだが、基本的には『財物』とは有体物、つまり空間の一部を占めている形のある物(固体・液体・気体)のみを指すことになる。だから、心や情報のような空間上に形のない物は盗んでも窃盗罪にはならないんだよ。」
これに即座に玲が反論する。
「でも、心って、所詮は脳内のニューロン間に生じる電気信号が形作っているものにすぎないじゃないですか。じゃあ、心を奪うのは他人の脳内の電気信号の流れを自分に有利な方向に変更することだから、電気を盗んでいるのと同じじゃないんですか?心は『財物』でしょ?」
あきれ顔で応える綾小路先生。
「いつもながらに、君はアホなのか頭がいいのかよくわからん反論をしてくるねぇ。まぁ、たとえ『財物』にあたるとしても、『窃取した』にはあたらんよ。『窃取した』とは、占有者の意思に反して財物を自己または第三者の占有に移す行為のことを言うからね。今回の場合、脳内の電気が早乙女先生の占有に移ったとはいえないだろう。」
再び玲が反論する。
「でも、先生、女子学生は早乙女先生のことを考えると旨が苦しくなったりしているわけで、これは早乙女先生が女子学生の脳内電流を支配下に置いている(=早乙女先生の占有下にある)と考えることができるのでは?」
やれやれといった感じで対応する綾小路先生。
「フウ……。もうどうでもいいわい。君の計画は破綻しとるよ。そもそも、盗まれた被害者側が困っていなければ被害届も出されないわけだし。普通、好きな人を刑務所に入れたい人はいないであろう?」
「うっ、そういえばそうですね。あっ!じゃあ、好きな人に刑務所に入ってもらいたいと思う人の心を盗ませればいいわけですね!早速、刑務所で働いている女性の心を早乙女先生が盗むように取り計らいます!」
玲は勢いよく部屋を出た行った。
「やはり、君はあほであーる。」
綾小路先生がポツリとつぶやく。
作品名:下ネタで考える刑法5 作家名:樹理主人