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わすれられない

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医者は苦手だ。

そんな苦手な医者の中の一人に会いたいがために今の仕事をしている。
簡単に言うと、会社をまわる『出張病院』だ。
毎日入れ替わりアルバイトの医者が来る。
そんな中に彼がいるわけがないのに毎回かすかな期待をして裏切られる。
会えるはず、ないのに。


 彼の第一印象は、他の医者と変わらなかった。
少し大きめの病院では研修医が入れ替わりで研修に来る。
いちいち気にもしていなかったし、大体医者は医局にこもって出てこない。…か、患者の所だ。
彼もそうだった。
私は大部屋を受け持つことが多く、彼は一人部屋の女性を受け持っていた。
接点も無いまま研修も終わる。そう思っていた。

ちょうど私が彼の担当の女性をうけもち、おしゃべりをしながら彼女の着替えを手伝っていた。
「終わったから先生に包帯のところ診てもらおうね」と話しかけていた。
「終わりましたか?」
穏やかな声が聞こえた。初めて目が合った。

少しずつ打ち解けていくのがわかった。それが嬉しいと思った。
私の受け持ちの大部屋にも顔を出すことも増えた。
患者と絵を描いていると覗きにきてわらった。
腹痛に苦しんでいると心配そうに声をかけてくれた。
飲みに誘うと飲めないくせに来て一緒に笑った。
月がきれいだと散歩に行くこともあった。

彼の素直なところが好きだった。
笑う顔が好きだった。
熱心なところが好きだった。
彼女がいることは知っていた。

一度だけキスをした。
手が届かないことが悔しくて泣きたくなった。


 そんな思い出を引きずっている自分がたまに嫌になる。
それぞれ結婚をした。
結婚した相手が自分に向ける微笑みは十分なほどの幸せを感じる。
なのに。
あの時の別れ際の顔、見れないまま過ぎてしまった今、どうしようもなく惜しいと思う。

医者は苦手だ。

毎回かすかな期待をして裏切られているこの気持ちが彼に届けばいいのに。
作品名:わすれられない 作家名:ちこ