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アキちゃんまとめ

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三千世界の刀を放り 君とダンスがしてみたい-3


長谷部は手持無沙汰に、膝の上で組まれた自分の両手に視線を落とす。正面の二人は会話の内容からしてどうやら夫婦らしい。妻の方が憔悴しており、傍目からみても顔色が悪い。花冷えも残る、未だ寒い夜が続く日だということも理由の一つにはなるかもしれない。
長谷部はしばし逡巡した後、おもむろに待合室横にあった自販機の前に立つ。適当にホットのペットボトルを二つ購入すると、そのままその夫妻に手渡した。

「どうぞ」
「えっ!?あわわ、そんな、お気遣いなく!」

長谷部は半ば押し付けるように、夫の方に緑茶とレモンティーを押し付ける。柄にもないことをしている、という自覚はあった。アキを助けたときもそうだ。いつもの長谷部ならば、もっと冷静に事態を収束させていただろう。
長谷部はそのまま夜間受付の警察官に声をかける。このままでは再びアキに会えるかどうかも怪しい。それならば今日は自分の事情聴取も終わったのだからさっさと帰宅し、明日からの予定変更を計画すべきではないか、と思った。
何しろ今までの激務はすべからくアキを捜し出すために行っていたのだから。今や女子高生の制服などインターネットで調べればすぐに判明する。そこにまず自分のツテのある人間が勤めているかも調査しなければならない。長谷部はすぐに立ち去ろうとしたが、警察官は最後に、と長谷部の勤め先を確認してきた。隠すべきことでもないため、会社名と苗字のみを照らし合わせればそのまま引き止められることもなく警察署を出ることができた。
背後から「ありがとうございます!」という声が長谷部にも聞こえたが、あえて振り向くことはなかった。


次の日、長谷部は珍しくフレックスタイムをフル活用し、午前十時に出社した。いつもより三時間以上遅い出勤に、警備員たちが長谷部の体調不良を心配してきたが、しっかりと否定しておいた。
エレベーターに乗り込み、小さく息を吐く。

「まったく、皆、俺をワーカホリックのように……」
「はっはっは。違うのか?」

突然かけられた言葉。驚きと共に背後を振り向く。エレベーターの隅で壁に寄りかかっている男の姿を見て、長谷部は眉間に深い皺を刻んだ。

「なんだ三日月か」
「なんだとは酷いではないか。仮にもここの社長だぞ」
「既に隠居してるつもりの奴が何を言っている」

長谷部は三日月の宗近が一体、人間の何歳なのかは知らない。だが、この会社の最終面接にやってきた長谷部を、社長室に不釣り合いな安っぽい湯呑で迎えた三日月の顔をよく覚えている。

『久しいな、へし切りよ』

そう笑った三日月には、前世の、刀剣男子としての記憶があった。
長谷部は三日月の力を借りてアキを探すつもりはなかったが、昨日の出来事くらいは伝えた方がいいのでは、と思う。なにしろ三日月はアキの本丸に居た刀剣男子だった。同じ釜の生煮え飯を食い、生焼け魚をつついた、いうなれば同士だ。

「ところでなへし切り、昨日、お前とかく立派なことをしたそうではないか」
「はぁ?」
「俺のところにも聞こえ及んだぞ。可憐な少女を誘拐犯から救出したと」
「ゆうかいはん」

間抜けな声で聞き返してしまうが、すぐにむくむくと憤怒が腹の底から湧き上がってくる。主を誘拐したというのならば、もっと地獄をみせてやってから警察に突き出せばよかった! と内なる長谷部が騒ぎ出した。
しかしその思考も、エレベーターが目的の階に到着したことで遮られる。

「すまんが、その話のことでーー」
「長谷部! お前これどういうことだ!」

フロアに足を踏み入れた途端、上司の叫び声が聞こえる。長谷部は目を白黒させてその場に立ち止まった。すると上司は頬を紅潮させて、一枚のファックス用紙を突き付けてきた。


【契約受託証】
クレッセントムーンコーポレーション営業部、長谷部国重様。かねてより依頼されておりました小野田坂道とのコラボレーション企画ですが、貴方様と企画を進めさせていただきたいとご本人より打診がありました。事務所契約代理人として、小野田坂道の意向を上記、間違いなくお伝えいたします。


「……は……ぁああああ?」
「すごいぞ長谷部! 小野田坂道といえば、今や押しも押されぬ俳優界の鬼才として階段を一段飛ばしで駆け上る山王だ!」
「お前いつのまにこんな契約もぎ取ってきたんだよ! 小野田坂道なんて今まで大衆企画は全部断ってきたことで有名だぞ!」
「やっぱすげぇなお前!」

上司から同僚からもみくちゃにされ、長谷部はただただ混乱のまま言葉がうまく出てこない。ぽかんとした顔をしていると、後ろからやってきた三日月に肩を叩かれる。
ちなみに同僚はおろか、上司たちもこの社長の顔をしらないのだから人生は驚きに満ちている。まぁ確かに会社ホームページの社長陰影にわざわざ紅葉饅頭の写真を載せる男であるし、その男が日本有数のトップ企業の社長だというのだから奇異なものだ。

「あれとは別にな、メモが送られてきていたのだ」
「……」

ひっそりと三日月が言う。その口元は穏やかに笑っていた。

「【昨夜は娘をありがとう】、とな」





2016/05/17
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ