アキちゃんまとめ
三千世界の刀を屠り 主と添い寝がしてみたい-4
「加州清光でーす、入りまーす。はーん? アンタが俺の主? ま、ちゃんとカワイク着飾ってくれるなら文句は言わずに働くよ?」
審神者となった荒北の元に初めて降り立った付喪神こと刀剣男子、加州清光はそう言って腕を組みながら笑った。その姿が過去にDVDで見たことのある東堂とかぶり、アキはくすりと笑みを零した。それは荒北も同じだったようで、ウゼッと一言吐き捨てた後、少しだけ空気が柔らかくなった。
「審神者のお仕事はそんなに多くないヨ。基本的には彼らが戦に行くのをここで待って……傷付いてきたら、それを治してあげる」
「そんだけ?」
「そんだけじゃない。俺たちのことをうんとかわいがってくれなきゃ」
アキと荒北の会話に唇を尖らせて不平を言い、加州は荒北から一メートル程度の場所まで近付き、刀を掲げた。
「主。加州清光は、この本丸の主に仕えます」
そして音も無く首を垂れた後、あーあ、と様相を崩して畳の上に寝転がった。
「オイ、刀剣男子? っつーのは神様じゃねェのかよ。威厳もクソもネェぞ」
「それは個性だから仕方ないヨ」
荒北はアキの斜め後ろに控えたままの長谷部に視線を移す。荒北にとっての近侍とは、アキに付き従う長谷部や薬研のような存在のイメージが先行しすぎていたのだ。
「詐欺にあった気分だぜ」
荒北が髪の毛を掻き回しながらぼやくと、長谷部が素早く言葉を重ねる。
「我々にも仕えるべき主を選択する権利があります。オレは主に呼ばれたからこそここに居るのだ、新しい審神者よ、それを忘れるな」
「へぇ〜、織田のヤローに不満たらたらで引き摺ってンのに?」
「黙れ加州」
音も無い敵対心が二本の刀の間で弾け飛ぶ。
審神者としての心得を雑に聞かされただけの荒北を心配してアキが新しい本丸に出向き、どうにか体裁だけでも整えられるようにと配慮したのだが、それも新たな火種となり得たのだろう。刀剣男子たちは自分たちの出自と、その本体である刀の運命を知っている。そして同じく付喪神と化した刀剣男子たちのことも多かれ少なかれ知っている。加州が言ったのは、おそらく長谷部が織田信長が主であったにも関わらず、恩賞として黒田家へと明け渡されたことを言っているのだろう。
視線を下に落としそうになる荒北の腕を掴み、アキは出来るだけ落ち着いた声で言う。
「資材は、私のところにあるのを使って。まずは加州くん一人に戦わせないように、仲間を作ってあげて、それから」
「ッセェなぁ、テメェは一々俺に指図すンのかよ!」
「そういうつもりじゃナイの!」
荒北なりに抑え気味ながらも声を荒げてしまったことを後悔するよりも早く、アキが身を乗り出してくる。荒北にとって、自分にここまで物怖じしない女子は初めてだった。特に高校に入ってからというもの、一時期の噂はやはりどこかに付きまとい、自転車競技部に所属してからも荒北はどこか遠巻きに見られることが多かった。
自分のペースを乱されまくりだ、と荒北は溜め息を吐く。
「ま、オレも手伝ってやるよ」
「仮にも自らの主にその言葉はあるまい、正せ加州」
「アー…イイって。変に直されてもかったりぃ」
荒北は自然に加州を伴い、部屋を出ようとする。アキの持ってきた鍛冶用の資材は既に運び込まれている。あとは荒北がこれからの主となるこの本丸で新しく刀剣男子を生み出せば、一応の戦力は確保できる筈だ。
襖を開き、振り向かずに出ていく荒北をアキは引き止められなかった。荒北にとって、アキは知らない怪しい女に過ぎない。もしかしたら刀剣男子のように、一種の付喪神とでも思われているのかもしれない。ぐっとアキは下唇を噛む。
すると数秒経ってから、襖がもう少しだけ開かれ、荒北が立ちすくんだままのアキを見ていた。
「……来ネェの」
やんわりと伺うような声。確信めいた言葉にしようとして失敗した台詞。
アキはじわりと瞳の奥が熱くなるような感覚を覚えながら、小さく「行くよ」と返した。
その日、荒北は四苦八苦しながらどうにか数本の刀を作ることが出来た。意外にも戦闘好きな鯰尾藤四郎(なまずおとうしろう)、その兄弟刀であると言いながらもどう見ても女にしか見えない乱藤四郎(みだれとうしろう)、弁慶が振るっていたという逸話の残る大薙刀の岩融(いわとおし)。
どうにかそこそこの人数を揃えたところで荒北の集中力も切れ、外は夜半を過ぎていた。
はぁっと大きな息を吐いて鍛冶場の足掛けの石に仰向けに寝転がれば、今まで自分とは縁のなかった作りの天井が広がっていた。
「やすとも」
疲労で動かしたくも無い首をゆっくりと横にすれば、小さな盆を持ったアキが立っていた。
「お疲れ様。ごはん……まだ、だよネ?」
アキはへにゃりと笑いながら荒北の頬についた煤を装束の裾で拭う。そして盆を板張りの床にそっと置いた。
量はさほどではない白米のおにぎりが四つ、それから何故か小皿に山盛りになった山菜。荒北はそれが毒かどうかも考えず、無言で手を伸ばし、勢いよくかぶりついた。一昼夜も食事抜きのままであったことをようやっと体が思い出したのだ。
「……お前、なんなの? 俺に、なんでこういうことするワケ?」
それは、あなたのことが好きだからだよ。
そう言えたならばどんなに楽だろうか、とアキは思う。けれどもこれだけは言ってはいけない。まだそれを伝えても、荒北の新たな重荷になるだけだ。
ただアキはその問いに答えず、布団を敷いてあるからね、と荒北に伝えて廊下の向こうへ姿を消した。
その日、思ったよりも温かな布団で眠った後、荒北は今の現状を把握するよりも「アイツは何処で寝たんだ」と思った。
※新しい審神者になった荒北さん。アキちゃんは縁側で着物に包まって寝ました。
(2015/07/06)