アキちゃんまとめ
まよなかはお静かに
自分の働くアルバイト先のコンビニは駅前という立地であるため、昼夜を問わずに様々な人が利用する。昼食を調達していく会社員、買い食いをして帰る高校生。それから珍しく裏手側にある小さな駐車場にはたまに一台・二台の車が止まっている。高校生などはそこをひそかな穴場にしていて、冬場は肉まんなんかを車止めに座りながら食べているのをガラス窓越しに見たことも多い。
店内の時計が午後十時を指す。煌々と光る蛍光灯たちは昼夜を逆転させてしまいそうになり、時折、自分の体内リズムを見直してみたくなる。けれど、この時間からはアルバイト代も深夜料金になる。仕送りの少ない大学生には大事な収入源である。
「いらっしゃいませ」
自動ドアを潜って入店してきたのは壮年の男性だ。夏の終わりのこの時期には珍しく、長袖のシャツを捲って七分丈にしている。裏地には下地がグレーで紺色の細かいドットが散らばっており、わざと腕まくりをしていることが見て伺える。あの年代の人にしてはオシャレな装いを見て、ほほう、と心の中で値踏みをする。やや疲れた顔をしているように見えるのは、会社帰りだからだろうか。右手に下げられた黒い革張りの鞄はよく使い込まれ、くったりと鞣革の本領を発揮している。
自分はレジで中間会計を行いながら、背後でカートン整理をしている後輩の話を聞き流した。
「そいやこの間、カノジョが珍しくバリヤる気でーオレもいっちょオトコ見せんべって感じでモンスターのお世話になったんスよ。したら抜か三っスよ〜都市伝説達成すわー」
お前よく下半身事情を明け透けに話せるよな…と呆れながら肩を落とすといやいやマジで先輩も飲むといいっスよ。カノジョとの性活変わるっスよ、と本気なのかどうか分からない言葉に生返事を返しながらレジの確認作業を終える。
そこでふと顔を上げると、男性がちょうどレジに向かって歩いてくるところだった。おきまりの文句を告げてバーコードを読み込むべく商品を手に取る。カゴの中にはビーフジャーキーと、コーヒー。それから先ほど後輩が話していたモンスターの名前を冠するアレが入っていた。一瞬、やましい考えが過ぎるものの、そこは接客業。顔に出さずに値段を伝えた。
とはいえ、この男性はきっとこれからまた職場に戻るのか、それともこれから徹夜で仕事をするのか……そう考えると心の中で手を合わせたくなる。お疲れ様です。どうか自分はこんな風になりませんように。
男性はそのまま店から離れるかと思いきや、裏手側の駐車場でビーフジャーキーと栄養ドリンクを飲んで、缶コーヒーのみが入った袋を揺らして立ち去って行った。企業戦士も大変だな、と同情の念を送りながら店内の清掃をしようとするとまたもお客様のお出ましとなる。
ふわりと髪の毛を遊ばせている、すっきりとしたオフィスカジュアルを着こなしている若い女性だ。こんな人が彼女だったら鼻が高いだろうな……という下衆な感想を抱きながらついつい後ろ姿のラインを眺めてしまう。
しかし女性はしばらく店内をウロウロした後に意を決したかのようにレジにやってきた。その手からレジ台に置かれたコンドームが実に卑猥で、こっそりと女性の表情を盗み見ると、恥ずかしさからなのかほんのりと頬が染まっていた。あぁ、きっと彼氏の趣味かなんかでわざと買いに来させられたんだろう、アブノーマルな彼氏だと大変だ。心の中に寂しさが吹き抜けながらも、顔には出さず接客する。
人と人が交差するコンビニエンスストア。今日の夜も、まだ長い。
(あれ?荒北さん、先帰ってきてたの?)
(思ったより早めに上がったんだヨ。それよりアキちゃん、それ何。前の、残ってっケド)
(……たくさんシてくれるかなーって。期待しちゃった)
※世界は勘違いでできている
2015/08/31