半分しか顔のない妖怪
学校の裏山に、半分しか顔のない妖怪がいるらしい。そんな噂が学校の七不思議として数えられていた。綾子はオカルト話に興味がなかったので、オカルト好きの友達から話を聞くまでは、そんな噂は一切知らなかった。
それにしても、学校の校舎内にいるわけじゃないのに、学校の七不思議だなんて、それこそ不思議だなと綾子は思った。第一、顔が半分なだけじゃ、別に怖くなんてないじゃない。
学校の裏山なら、陸上部の活動が終わったあとでも、十分探索しに行ける。私がその噂、確かめに行ってやろうじゃないの。綾子はそんな気の強い女子中学生だった。
その夜、綾子は両親が寝静まったのを確認してから、ジャージに着替えて学校の裏山へと向かった。普段見慣れている風景とは違っていて、少しだけ不気味だなと綾子は思ったけれど、それくらいで物怖じするようなことはなかった。
「でも、転ばないように、ちゃんと灯りはつけないと」と綾子は、持ってきたウエストポーチから懐中電灯を取り出した。自分の進む方向を照らしながら、綾子は進んでいく。どんどん、どんどん、どんどんと。
しかしながら、拍子抜けするほど、何もなかった。何も起こらなかった。やっぱり噂はただの噂だったんだ。1時間ほど裏山を探索しても、何もなかったので、綾子はもう帰ろうと思った。
そのときである。突然、綾子に呼びかける声がした。
「おい、お前さん。こんな時間に何をしておる」
振り返ると、そこにいたのは半分しか顔のない妖怪で、――などということもなく、どこにでもいるような老人男性がいるだけであった。
「あ、なんでもないんです。ただ、学校で友達から変な噂を聞いて、それを確かめようと思っただけなんです。やっぱり噂はただの噂だったみたいですけどね」
「噂?」
「なんでもこの裏山には、半分しか顔のない妖怪がいるとか……。それより、あなたの方こそ、なんでこんな時間に?」
「わしは、この裏山の管理者のような者じゃよ。しかし、それにしても、そんな噂がのう」
「あはは、くだらないですよね。それじゃ、私はこれで失礼します」
綾子はそう言って、立ち去ろうとした。考えてみれば、管理者だからと言って、こんな時間にいることの説明にはなっていないので気になったが、部活の疲れも残っていたから、早く家に帰って休みたかったのだ。
「待ちんさい。ひとつだけ忠告しておくが、もう二度とこんな時間に裏山なんて来るんじゃないぞ。友達にもそう伝えておきなさい。
皆が皆、わしのように人間に優しいわけではないのじゃからな」
「人間に? 変なこと言うんですね。言われなくても、分かってますよーだ」
綾子は遠慮なく思ったことを口にして、その場をあとにした。そこには、ただ老人だけが取り残された。そして彼はひとりごちた。
「一体どこでそんな噂になったのかの。あの子供が奴らに襲われたのを助けたからかのう。本当に幼い子供だったから、状況を正確に説明できんでも無理はないか。
顔がふたつある妖怪の群れに襲われて、そいつらを別の妖怪が追い払ってくれたなんてな」
“人間ではない”老人の顔がにやりと歪むのを、満月だけがただ見つめていた。
作品名:半分しか顔のない妖怪 作家名:タチバナ