LINE~ともだちだよな~
シャワーをほどほどに浴び、泥のようにソファーで眠る毎日を送っていた。土日の休みなんて夢のまた夢。休日出勤は余儀なくされ、もういつ休んだか、とっくに忘れてしまった。
俺の体はとうに限界を超えていたが、なんとか気持ちだけで動いていた。
そして今夜も午前様。時計の針は午前1時を越えていた。
「そろそろ転職考えた方がいいかな」とぼそっと独り言を言う始末。
ワイシャツをぬぎ、シャワーを適当に浴び、ソファーに倒れ込んだ。頭など乾かすのも面倒だ。寝ている間に乾くだろう。だからクッションは黄色く変色して匂いもひどくなっていった。だけどそんなことを気にしている暇などないのだ。とても眠いのだ。
悲鳴を上げる俺の体。精神もそろそろ悲鳴を上げるだろう。俺は一体何をしている?
そんなことを思いながら眠りにつく。しかし、安息の時間はすぐに終わる。
携帯電話のバイブがウィーンウィーンと頭の上で鳴り響く。
初めはすぐに切れるだろうと思い、無視をしていた。かなり長い時間揺れていたが、ようやく振動が止まる。
(しつこいな)
俺はすぐさま眠りについた。しかし、それはすぐに破られた。
またしても携帯電話が振動を始める。
気だるい体を何とか起こし、携帯を見る。携帯の文字は貴志貴志貴志と液晶が流れている。
「なんだ。貴志かよ」と俺は着信のボタンを押した。
「すまん直樹」
電話を出た途端、貴志の元気のない声がする。
「なんだよ。こんな時間に。なんかあったのか?」
「ああ・・・すまん」
それしか言わない。
「すまんばかりじゃわからねぇよ。どうしたんだよ。貴志」
俺は少しイラついた。
「ああ・・・佳織が・・・死んだ」
「えっ!佳織ちゃんが・・・」
力なく言う貴志の言葉に僕の眠気は一気に冷めた。
佳織とは貴志の彼女で、3年前から付き合っている。仲のいいカップルで俺も少し羨ましかったくらいだ。
「ど、どうして」と俺の質問に黙っていたが、ほどなくして貴志が重たい口を開いた。
「交通事故だ」
「交通事故。どうして?こんな時間だぞ。それに・・・」
俺は言葉を詰まらせた。貴志は何も言わない。
「貴志・・・今お前どこにいる」俺は携帯を片手に私服を探した。久々に私服を着るものだからどこにあるか忘れてしまっている。
「来てくれるのか・・・?」貴志の声に生気がない。
「もちろん。行くに決まってるだろ。友達だろ」
「友達・・・・・だよな。来てくれるよな」
歯切れの悪い言い方をする貴志に
「当たり前だろ」
俺は私服に着替えながら言い、ようやく外に出る支度を終え、
「今から行くから、場所を教えろ」
「ああ。○×交差点知ってるよな。そこにいるから。待ってるよ。でさあ・・・・・悪いんだけど3時までに来てくれよ」と言う。
3時?なぜ3時なんだと不思議に思っていたが、
「ああ。わかった。3時な。まってろ」と電話を切った。時計を見ると2時半を過ぎたばかりだ。○×交差点はここから歩いて10分で行ける。俺は靴を履き、家を出ようとした時、携帯が震える。携帯の着信表示を見ないで
「貴志か!」と声を荒げる。
「何言ってるんだよ。直樹。俺だよ」
その聞き覚えのある声の主が隆二だとわかった。
「なんだ。隆二か。お前のところにも電話あったのか」と玄関のカギをかける。
「ああ・・・あったな。交通事故だってな」
「ああ・・・悲惨だよな」
俺は隆二と話しながらトボトボと歩き出す。
「佳織ちゃんも悲惨だよな。貴志が車で送っていかなけりゃ、こんなことにならなかったのにな」と言う。
「おいおい。こんな時間だぞ。どこ行ってたんだよ。」
「ああ・・今日な。飲み会があったんだよ。久々に」
「飲み会?」
「お前も誘ったろ」
覚えていない。いや、おそらく電話はあった。疲れていたから適当に話を聞いていたのだろう。
「すまん」
「別にいいよ。お前、最近ずっと忙しそうにしてからな。」
その言葉は俺をなんとなく取り残された気分にさせた。
みんなとの距離はドンドン離れていく感じがしていた。
「でさ。佳織ちゃん電車無くなっちゃってさあ。仕方なしに貴志が車を出してさ・・・あいつ飲んでたのに・・・・」
「それって飲酒運転じゃないか」と大声を出した。そして夜中の街に俺の声が鳴り響いた。
隆二もバツが悪そうだ。
あともう少しで○×交差点だ。俺は早足で歩いている。
「ところで直樹。お前今どこにいる?」と言う。
「俺か?今から貴志に会いに行くんだけど」
「貴志に?病院か」
俺は隆二との会話に違和感を覚える。
「病院?違うよ。○×交差点だよ」
「○×交差点?なんでそんなところに行くんだよ?」
「だから、貴志から電話があって、会いに行くんだよ」
「どういうことだよ」隆二は声を荒げる。
「どうもこうもねえよ。貴志からさぁ。電話があってよ。今から会いに行くんだよ。佳織ちゃん死んで・・・気を落としてるだろうからさ」
「おい。直樹。よく聞け」
「なんだよ。急いでるんだよ俺は」
歩みを緩めた。
「その電話いつあったんだ」
「いつってさっきだよ」
隆二は電話越しからもわかるようため息を吐く。
「直樹。いいか。よく聞け。そこには行っちゃダメだ。俺の言うことを聞け。絶対行くな」
俺は歩をさらに緩めながら○×交差点へ向かう。あと100m付近まで近づく。
「なんでだ。意味が分からねえよ」
ついつい声を出してしまう。
「よく聞け。直樹。貴志はな、もう死んでるんだよ」
俺はとうとう歩みを止めた。
隆二の言葉だけを聞いた。
「直樹。絶対行くな。いいか。お前だけは・・・来るな!」
「どういうことだよ」
「・・・・・・」
「どうしたんだよ。何か言えよ」
「・・・ありがとな。短い付き合いだったけど・・・じゃあな」
携帯電話から隆二の声が途切れた。
「おい。隆二」
携帯電話からはツーツーツーとなってやがて切れた。
俺は訳が分からず、その場で立ち止まり、隆二の携帯電話にリダイヤルをする。
「お客様の電話番号は現在電源が入っていないためかかりません」と流れるだけだった。
そして俺は携帯電話の時間を見るために横のボタンを押した。
2時58分54秒。
俺は急いで○×交差点に向かおうとした矢先、向こうから激しい光と爆音を響かせた車がほかの車を巻き込みながら突っ込み大きな衝突音と共に交差点付近で止まった。
携帯電話の時計は3時00分10秒。
その時、俺は全てを悟った。
佳織の乗せて送っている途中、酩酊状態の貴志はハンドル操作を間違え、○×交差点で出会いがしらの事故を起こした。それが午後10時過ぎだったのだ。
そして、その事故から2時間後同じ所で隆二も事故で亡くなったのだ。
そして日を跨いで3度目の事故が起きたのだ。
なぜ隆二がその場にいたのかはわからないが、ここは昔から魔の交差点と言われ、事故が多発する場所。おそらく隆二は貴志にここに呼ばれ、貴志に連れて行かれたのだ。隆二だけでは飽き足らずこの俺までも連れて行こうしたのだ。
そして隆二は携帯電話を使ってこの俺を助けてくれたのだ。
友達・・・・・・・。
かたや死へと導く友達。かたや、それを阻止すべき助ける友達。
俺はゾッとしながら○×交差点をあとにした。了
作品名:LINE~ともだちだよな~ 作家名:夏経院萌華