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花は咲いたか

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 鉄之助はブンブンと首を横に振り、涙をためていた。
「私は、私は副長の側より他に・・・いる場所がない」
 頬を赤くして言葉尻は涙声になっていた。
「大丈夫だ、手紙でお前の事は頼んである。義兄はお前を悪いようにはしない。
そういう男だ」
 鉄之助は土方の泉のように透明な目を見てしまった。たぶん、自分にしかこ
の仕事は頼めないのだろう。だが、自分は他に身寄りもなく箱舘を出てどうす
れば?日野に届け物をした後の自分はどうしたら良いのか、わからない。
「それから、これを」
 鉄之助の手に五十両もの金が乗せられた。
「これだけあれば、日野まで行けるだろう」
 そして、外国商船で青森へ渡る手配も整えられていた。何もかも整えられ準
備され、この日これを理由に土方は自分を逃がすつもりだったのかと気付いた
が、それは聞くことができなかった。
 五稜郭を出たら間道を行け、時間はかかっても必ず日野へ届けろと薄暗くな
った頃に鉄之助は土方に送り出された。
 鉄之助が振り返ると、五稜郭の土塁の上に土方が立っているのが見えた。
 その時、鉄之助の目に熱いものが盛り上がり、見送る土方の姿が滲んでしま
う。
「副長―・・・」心の中で叫びながらもつれそうな足を前へ出す。
 鉄之助は走り出した。

 うめ花は湯川で高松凌雲の手伝いを始めていた。
 凌雲は普段は市中にいて、3,4日に一度湯川に来るらしい。
 うめ花の唯一の心の拠り所であり、手から離したことのなかった銃は凌雲が
無理に預かった。たとえ一つでも武器を持っていたら、降伏時に誰の命も助か
らないというのが凌雲の考えだった。
 ここにいるのは、敵でも味方でもなくただの怪我人。戦が終わってどのよう
な状況にあろうと逆心などない、だから新政府に保護をして欲しいと訴えるの
だという。
 うめ花は昼間、凌雲の手伝いで必死に動いた。疲れても何をしても休むこと
なく動いた。
 土方は(自分を大切にしろ)といったが、なんで土方のいない今の自分を大
切になどできるのかとムキになった。
 だが、夜は必ずやってきて、うめ花に土方を思い出させる。
 土方がいないという事実は、心にも身体にも埋められない空洞を作った。
 自分の両腕で自分の身体を閉じ込めるように抱きしめると、涙がこぼれた。
 そして、空洞は余計に広がっていくのだ。
 土方の軍服の硝煙の匂いは、うめ花を底のない地獄へ落とす。
 それでも夜になると、土方が残していった軍服の上着を抱きしめる。

 生と死のはざまはどこにあるのだろうか。
 はざまなどない。生があって死まで途切れることなく命は続く。そして必ず
迎える最後の時。
 その時に、自分は何を見、何を思うのだろう。
 可もなく、不可もなく平凡な80年と、デコボコだらけでも確かに生きたと
笑ってしまいにできる30年とどちらが良いか。そんな答えは誰にも出せない。
 ただ長くても短くても、一日一日が無二であって欲しいと願う。
 人の生には何らかの役目があると土方は言った。
 今なら、土方の負った役目がわかるような気がするのだ。
 では、自分の役目はどこにある、それは何なのか、未だに見つからない。
 この世で何が苦しいか。
 愛する者との別れが一番苦しい。
 釈迦は八つある人の苦しみのひとつがこの愛別離苦だといっている。
 だから、極楽があるのだと経典の中で説いているが、今のうめ花にそんな言
葉も慰めも、少しの価値もないように思えた。
 ここに置いていかれたという事実。
 これは旧幕府軍と新政府軍の戦いであると同時に、土方の戦いでもある。あ
の覚悟が、土方の今まで生きてきたことの集約なのだろうか。土方の戦いだか
ら、私を置いて一人で行った。
 ならば、この戦いが終わった時は・・・。
 土方は別れの言葉を告げずに行った。戦が終結した後のことも語らずに出陣
した。
 うめ花はこの事実に気づき、顔をあげた。
「あと、2日」

 この日、新政府軍は箱舘に全軍の終結を終えた。
 乙部から上陸して、木古内、矢不来、松前、そして二股口方面から五稜郭の
北側へ陣を張ったのは、土方軍と戦ったあの新政府軍。
 そして湾には新政府軍の艦隊。軍艦から小舟をだして兵をそれぞれに振り分
け配置していくのが、遠く五稜郭からも見える。
 新政府軍は、数でも、兵力でも、武器弾薬にいたるまで、箱舘軍に勝る。楽
勝ともいえる戦にわざわざ総攻撃などと、大げさな仕掛けをかけたのは何故だ
ろうか。
 今の箱舘軍など赤子の手をひねるようなものなのだ。
 総攻撃だけではない。
 地元民を引き入れ、諜報活動に力を入れていた。
 箱舘湾の防御柵や水雷が取り払われたのも、地元民の協力を得ていた。約半
年の間、榎本率いる旧幕軍が上陸してから箱舘の地元民にとっては、良いこと
も悪いこともあった。これは現代の世の中でもそうだが、誰が政権を握っても、
どんな治世になってもたいした変わりはない。
 ただ諜報活動は、人の心に巧みに取り入って動かす裏の仕事だ。
 そんな裏で人を動かさなければならない程、厳しい戦ではないはずだ。
 旧幕軍に江戸脱走時から行動を共にしてきたフランス軍事顧問団が、箱舘港
に停泊中のフランス商船から戻らない。
 これは話が少しさかのぼるが、フランス顧問団は元々幕府が編成した伝習隊
を応援するために本国フランスから派遣されていた。
 鳥羽伏見の戦いがおこり江戸城明け渡しがあって、政権を取った新政府軍は
顧問団にフランスへの帰国を命じた。
 だが、伝習隊と一年以上訓練を共にし、寝起きも共にしてきた彼らの目に、
この戦いはどう映っていたか。
 本国フランス軍籍を脱走してでも、榎本らと共に蝦夷へ渡り勝ち目のない戦
に身を投じた。
 その事実を、どう受け止めてもらってもかまわないが。
 5月2日にフランス商船で行われたパーティに、戦を前にした景気づけと称
して出席していた彼らが、実は船で拘束されていた。
 新政府軍は、フランスと国対国のもめ事を起こしたくない。フランス軍籍を
脱した彼らが、フランス本国では英雄とされている事実を重く見たのだ。負け
るとわかっていても尚、旧幕軍と行動を共にした彼らにフランス国民は(義)
をみていた。
「土方を殺しても、フランス人は殺すな」
 これが新政府軍から出された命令だった。新政府軍は官軍となり、ほぼ国中
の藩を恭順させこの戦にも楽に勝てることはわかっているが、この先の外交を
考えるとフランス国民を敵にまわしたくはない。
 フランス軍事顧問団は、このまま箱舘総攻撃を見ることなく、強制送還され
る。

 この夜、新たに新政府軍トップから極秘命令が出された。

   八章   終わり
           最終章へつづく



                                                  



 
 






作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅