1.オーダー
齢二十四年とちょっとを生きても、こんな郊外の端すれすれにある小さな日系マーケットの、時代にも景気にも見放されたような「旅行会社」という名の人の空いた事務所で、あっけにとられることになるとは僕も、僕のカウンター越しに座っている受付のおばさんも思ってはいなかった。
そういった所で、個性を発揮してくれるのだ、チェン・フィンという男は。
「・・・一つ間に席が空くけど?」
覗き込むように、おばさんが伺う。
おばさんは悪くない。
「そうですよ。」
「えぇーっ!?」
と声を出すべく出した僕も、悪くない。
「コイツの隣で十四時間は無理ですよー」と笑いながらいうのだから、苛立つなというほうが無理だろう。
「いや、そういうことじゃないでしょ!?」
”一緒に旅行する”という概念がどう捉えられているのか、そこの確認を”今”するのか?と絶望すら感じる。
そこをさも平然と、自信満々にチェンは説明する。
「いや、だって俺すぐにトイレに行きたいし。」
窓側希望したの俺だもんねー!等と返事をするわけがない。
「ほかの人が座ったらどうすんだよ!」
「大丈夫だよ、だれも座りたがらないって。」笑いはまだ含まれている。
「座ったらどうすんだよ!」
「大丈夫だって!この時期でしょ?空いてるって。」
僕が知る限りコイツが最後に日本にいたのは十七年前だ。その間飛行機に乗ったのは三年前に一度バンクーバーへ気がふれたように告白しにいくためだった。
その時の玉砕さえを忘れたかのような口調に、苛立ちが増す。
僕という人間は、そうなると匙をなげる。
だから、僕の思考より早く喉奥から飛び出た台詞は
「わかった。すみません、それでお願いします。」だった。
もちろん、フィンの”そうだろう”と物語る勝ち誇った顔を見るのはしゃくだったので、おばさんに話かけたのだった。
ほんとうにいいの?と確認され、チケットの予約はおさえられた。