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志波 こうすけ
志波 こうすけ
novelistID. 51606
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0.帰路

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「...だからさぁ、お前もこいよ。」
疲れきった目で釘付けて、さも淡々と軽々しく誘ってきた。

まぁ、ね。

と目を少し伏せたのも、含んだ笑いがほぼ見えなかったのも、いつもとは違う表情に少し怖じ気づいてしまったからだ。
一つ下で背も低いが、体は固くて態度もでかい。その上みょうに悪知恵がまわる悪どいこいつが真剣でいると、緊張が走ってしまう。
それを口にしてしまうと、それみろと言わんばかりに助長するのがイヤではあるが、やはりカリスマを秘めているからなのだろう。
残念ながら学業とは相性が合わなかったが。

「いや、まぁねじゃなくてさ。マジで。」

放り出されたLucky Starのラッピングが、天井窓越しのひかりを拡散する。
帰国日が晴れててよかったな、等と言える空気でないことぐらいは解っていた。
週日の朝の空港というものは、モデルデッサンと同じ数の人しかいない。
そういっていいほど、煩わしくない程度の数の人間しかいなかった。
だからだろうか、朝しかこの施設が似合わないのは。
それとも、トロントのようなパッとしない国の中で一番栄えているパッとしない都市の空港であるからこそなる奇跡的な現象なのだろうか?
いずれにせよ、そろそろ発言しないと切れるんだろうなぁ、と諦めをつける時がきた。
この心境も気にくわないのだろうが。

「ん、まぁともかく仕事探すよ。」

最善の言葉を選んだつもりだ。
どちらにせよ必要なことであり、嘘でもない。
行動に出るつもりもあった。
しかし行動をとっても半分しか実行したことにならず、受かってやっと”仕事探し”をしたことになる。
 隣に座っているバカが「世知辛い」なんて言葉をやたら使おうとするのも、なんの脈略もないわけではないと思えてしまう。
 ガラスの天井窓が日光を通し、照明のように向かいに座るバカを照らす。
目はまだガラス越しに喫煙エリアをとらえている。

 「おまえさぁ、贅沢なんだよ。」

 舌打ちでもしたかのように、淡々と、苛立ちをねじ込んで呟いた。
なんだよ、と僕が返した体で言葉をつづける。

 「飲食以外とかさぁ、言ってる場合じゃないだろ?なぁ?」

 それはそうだろう。後四か月と少しで一か月近くの海外旅行にいくのであれば、バイトの職種などで躊躇している場合ではないだろう。行くつもりがあったのであれば、焦らなければならない。
 行くつもりがあったのであれば。

 「それはさぁ..
        「おまえ今何やってんだよ?なぁ?」

 「いや、だからs
        「このタイミングしかねぇだろ?なぁ?」

 肯定を強要するこの手口が僕は嫌いだった。安いチンピラや、詐欺師に使い古された手口だ。
それを意識せず、口癖のようになじってくるのだから、こいつの本質というものがにじみ出る。

 「ホンマやでぇ!」

 と母が横やりを入れてくる。

 「イッタ、こいつ日本につれたってぇや。」
 「そうしようと思ってるんですけどねぇ..」

 と笑いを漏らす。

 煮っ転がしから出っ歯を生やしたような面で、似合いもしないほどけかけたパーマ頭を震わせる。
一つ下で背も低いがガタイは固く、悪知恵に長けて態度もでかい。

原木イッタというアンバランスな男は、こうやって人を巻き込んでいく。

 カリスマなんだろうなとは思う。それを言えば素直に喜び、それを隠すように「だろ?」とナルシストに転じるのだから可愛げがないわけではない。
 ただ、ひねくれ具合が輪をかけて情緒不安定で、テレビドラマ一話さえ見る気力のない僕からするとそこの加減を掴むよりかは、いっそ距離を置いたほうが早いと思ってしまうのだ。

 そうやって僕の向いに座るバカと、そのバカの横で会話を続ける僕の母との会話を、僕と僕の横のバカは曖昧に相槌を打った。

 そもそもこの会話の発端になったのは、僕でなければイッタでもなく、ましては僕の母でもないのだ。

 チェン・フィンは、荒れたじゃがいもののような顔にコーヒーを近づけて、話の流れを静かに見つめる。何を考えているかはこっちのほうがわかりやすい。寝不足のせいでくさみ具合が進んだような顔色で、フィンはイッタからのタバコの誘いを待っていた。

 そして四十分後にはイッタは帰国便にのり、僕らは街へ戻っていった。

 こうやって日本への旅が企画され、その日のうちに適当に選んだ怪しい広告に電話をした僕は、その二日後に面接を受け、その翌日には英語もろくにしゃべれないフィリピン人のおばさんにカルフォルニアロールの巻き方を指導されるに至った。

 そうやって、準備期間がスタートした。
作品名:0.帰路 作家名:志波 こうすけ