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夏経院萌華
夏経院萌華
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改札口の恋

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小手指行きの電車が石神井公園駅に10時10分に到着する。
 私は改札口から出てくる人ごみから彼の姿を探した。彼は大体前方の車両に乗るため、出てくるのに、少し時間がかかる。今日の彼は何色の服を着てどんな顔をして私を見つめるのだろう。
 そろそろ彼が現れる。待ちに待った週一回のデートだ。私はこの日のためにワンピースを新調した。青い花柄でたくさんの花びらがついて可愛らしい。彼はこれを見てなんて言ってくれるのだろうか。多くの人が改札口から蜂が蜜を求め飛び立つように一斉に出てくる。ようやく、人が疎らになりかけた時、黒い服を着た彼が・・・・いや、人違いだった。
いつもあんな風な格好をしてくるので。なんて紛らわしい。腹を立てて、全く関係のない男に一瞥をした。一瞥された方もなんだか腑に落ちない様子でこちらを見ながら通り過ぎる。
 それにしても、彼の姿が見当たらない。
どうしたのだろう。約束の時間はもう5分は過ぎている。時間にきっちりした彼なのに。バッグからスマホを取り出す。10:17。彼は来ない。次の電車が到着する時間がやってくる。もしかしたら何かあったのかもしれない。次の電車に乗っているのかもしれないと待ち続けたが、次の電車、その次の電車にも彼は乗っていなかった。
 すっぽかされた。そう思うとなんだか、今日はすごく嫌な気分になり、そのまま私は家に帰る。家に着くとドッと疲れが出た。机の上の写真立てには彼の横顔。彼はすごくシャイなのだ。
ああ・・・やっぱり好き。こんなことで怒ってはいけなかったと反省する。
 彼との出会いは、1年前。たまたま石神井公園駅の改札であったのがきっかけだ。
私の一目ぼれだ。すぐさま彼に話しかける。素っ気ない態度。それがまた素敵だった。
 それ以来、そこで何度か会う。やがて、週に一度、10時10分到着の電車で待ち合わせる事がデートの日となった。彼の歩く後ろを歩く。ただそれだけで嬉しかった。
彼の背中が私は好きなのだ。そして必ず、彼は自販機でコーラを買い、それを一気に飲み干し、プハーと言う。なんて子供っぽいんだろう。そんな彼も大好きなのだ。
 しかし、デートの時間などすぐに終わってしまう。彼は予備校生なのだ。
どこの大学を受けるのかはまだ聞いてない。いや、聞くのもなんだか悪い気がした。
 私は、予備校の前まで彼を送り、私も家に帰る。まったく清い関係なのだ。
 そんな彼が今日。私のデートをすっぽかしたのだ。電話くらいくれていいのに。今なら謝ってさえくれれば許してあげるのに。
 結局、電話など来なかった。
これでまた一週間お預けなのか。まあいいや。来週になればまた・・・・・。
 次の週。小手指行きの電車が石神井公園駅に10時10分に到着した。
私は改札口から出てくる人ごみから彼の姿を探した。彼は大体前方の車両に乗るため、出てくるのに、少し時間がかかる。今日の彼は何色の服を着てどんな顔をして私を見つめるのだろう。
 茶色い帽子にふちが緑のハットをかぶり全身やや地味めの茶色いジャケットで彼は現れた。2週間ぶりの再会だ。私は嬉しくなり、彼の元に駆け寄ろうと、歩を進めると、そこには目を疑う光景があった。
 彼と手をつなぐ、か細い手。私なんかより細く長い指を絡めている。
そして彼は彼女を見ながら楽しそうにおしゃべりをしている。
そんなことって・・・。
 たしかに彼女はすごくキュートだ。お目目もパッチリしていて唇もぷっくらしている。私とは全く正反対の顔立ち。彼はああいうのが好みだったのだ。
 私は彼を睨むが、私に気付かず、私の横を通り過ぎる。いつまでも楽しく会話が続く。私には決して見せてくれなかったあの笑顔。
 私は腹立たしかった。そして悔しかった。
 気がついたら、私はそのキュートでかわいい彼女の手を取り、顔に思いきりビンタをした。
 顔はみるみる、腫れ上がり、大きな瞳はさらに大きくなり、やがて涙が滲んできた。
「あんた。誰なのよ!」私は周りも気にせず、怒鳴り散らした。
 彼女も呆気にとられ要領を得ない。すると、彼が私と彼女の間に入り、彼が私にビンタをした。そして・・・・
「お前。誰だよ」と言った。了
作品名:改札口の恋 作家名:夏経院萌華