朱い紅の少年
男と言うにはあまりにも若い少年だ。
朝から雨だったというのに彼は傘を差していなかった。
ずぶ濡れの彼に、あの時私は何を思ったのだろう。
差し出した傘に一歩足を踏み入れた彼は、水の滴る髪の奥で微かに笑ってみせた。
私は女と同棲する部屋へ彼を招き入れた。
彼の着ていた制服と下着を乾燥機へ、そして彼自身を風呂へ放り込む。
やがて、雨の音にシャワーの音が重なった。
私は煙草に火をつけ紫煙を吐いた。
細かなふたつの水音に、プラスチックの秒針の音が溶ける。
女はまだ帰らない。
彼女が少年を見たら、この部屋で何が起こるだろうか。
誰が死ぬことになるのだろう。
三人とも死ぬかもしれない。
私は二本目の煙草に火をつける。
女はまだ戻らない。
私はまだ死にたくない。
少年だってまだ死にたくないだろうなと思う。
三本目の煙草を灰皿に押し付けたとき、シャワーの音がやんだ。
ほどなくして脱衣所から全裸の少年が現れた。
乾燥機、まだだったから。と彼は言う。
ドライヤーを差し出すと彼は女の化粧台へ座った。
雨の音が熱の風にかき消される。
金色の髪が揺れている。
私は四本目の煙草をくわえた。
おい、何をしているんだ。
私が問うと彼は鏡越しに私を見て微笑んだ。
その口元は見慣れた朱色に艶めいている。
桜色の爪のついた細い指が女のお気に入りの口紅をつまんでいた。
ばれたらどうする。
少年は私の言葉を笑い、化粧台を立った。
白い肢体が私に向かって歩いてくる。
ばれないよ。
少年はそう言って私の頬に手を添えた。
見慣れた朱色が、見たことのない姿をして私に迫る。
初めて紅というものを、いいと思った。
どこか遠い場所で、乾燥機が仕事を終えた音がした。
少年はすっかり紅の取れた唇でにこりと微笑み、顔を離した。
私の首筋と鎖骨を撫でて、背を向ける。
少年は制服を纏うと振り向きもせずに部屋を出て行った。
ねぇ、なんなの?
意地でもキスをさせない私に女はしびれを切らして言った。
その口紅。
私が目をそらして言うと女は眉をひそめた。
なあに?
君にはもっと暗めの赤が似合うと思うんだ。大人っぽいやつ。
いやよ。これ気に入ってるの。
じゃあもう、僕らはキスができない。
いったい、なんなのよ?
私は答えず、女の唇を指でなぞった。
(終)