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メドレーガールズ

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「機嫌悪かったね、真由」
 練習後の下校途中、普段は四人で帰るのだが、真由はクラブチームでの練習で先に帰ってしまい、律っちゃんは先生に呼ばれていたので私とのんたんの二人となっていた。練習でクタクタの体では家までの道のりが遠い。キャプテンとしてまだ学校に残っている律っちゃん、今からさらに練習に行く真由、これから塾に行くのんたん。私を除く三人はまだまだ元気だ。それに較べて自分と来たら……、気分的にも疲れたし、今日は宿題をする気力もない。
「うん……」その原因は言わなくたってわかる。私が真由をヤキモキさせているのだ。もし逆の立場なら私だっていい気はしないだろう。「これでも私は、一生懸命なんだよ」
自分で自分をフォローするけど、言い訳にしか聞こえない自分が嫌いだ。
「わかってるよぉ、だから真由ももどかしいんだよ」のんたんはいつもの調子で答えた「ピークを本番当日に持っていけばいいんだから、それまでに修正したら大丈夫だよ」
「ひゃっ、ビックリするじゃん!」
そういいながらのんたんは私のおしりを叩くと、私はコメツキバッタのように思わず身体を反り返して飛び上がった。それを見たのんたんも吹き出した。

「あのさぁ、のんたん」
「あのね、帆那」
 一瞬沈黙したあと、私たちは同時に話を切り出したので、お互いに小さな笑いが生まれた。
「帆那から言いなよ」
「うん……」私はうつむいた「律っちゃんのことなんだけど、あっ」
「律っちゃんがどうしたの?」
 私が言おうとしているのは二人だけの秘密にしている事だった。黙ってなきゃという気持ちはあったのに、一瞬の隙を突かれたかのようにその名前が出てしまった。
「いや、何でもない、何でもないよ」
「言いなよ。ずっと言いたかったんでしょ?秘密だったら黙ってるから」
 のんたんは微笑んでいる。何で私って顔で言ってることがわかってしまうんだろう…….。この時私は変に隠さない方がいいと思った。のんたんは嘘をつかない。  
「今度の大会で、勝ったら水泳辞めるって」
 のんたんは表情一つ変えなかった。眼鏡の奥にある目がしっかりと私を捕らえている。
「意外だね、律っちゃんが水泳辞めようと思っているのは」
のんたんはそう言ってるけど、計算の速い頭では予想の内に入っていたのだろうか。あんまり動揺していない。
「聞かない方が、良かった?」
「ううん」のんたんはすぐに首を横に振った「私だってこの大会が最後になるもん」
「そういやそうだった……」
 今私の横で歩いているのんたんは、大会が終わればタイに引っ越すのだ。どっちにせよ次がこのメンバーで泳ぐ最初で最後の大会だったのだ。それだけ周りが見えてなかった自分がいることに改めて気付かされた。
「あのね、帆那」私は顔をあげた「私、本当はタイに行きたくなかったし、みんなと一緒にいたかったんだよ」
 のんたんはタイに引っ越す事を決めた経緯を話し出した。色々ある選択肢の中から自分の意思で決めたということを初めて知った。
「これも勝ちたいから私は決めたことなんだ。迷っていたら時間が無駄に過ぎちゃうから」
 いつもののんたんらしい言葉が返ってきた。
「のんたん……」
 結局律っちゃんものんたんも勝つために何か大切なものを賭けているのは同じだった。個人戦でもリレーに専念するために100メートルだけに絞り、200は棄てた。技術面だけでなく、気持ちの面でも私は負い目を感じるばかりだ。優勝チームの一員になることが目標だった自分と較べて、私は少し恥ずかしくなった。

「のんたんは何を言おうと思ったの?」
 私の家が見えたところで二人とも立ち止まった。ついさっきのんたんも何か言いかけたことを思い出した。
「あたし?」のんたんはびっくりした様子で私の方を向いて愛想笑いをした「やっぱ、やめとこうかな……」
「ずるいよ、のんたん。あたしにだけ言わせて」
私はのんたんのかばんを引っ張るとのんたんは小さく笑い出した。
「うーん、後悔しない?」
普段は単刀直入なのんたんが勿体ぶっている。これはよほど大事な事なのだろうかと勝手な邪推をした。
「約束する」私は正面を向いて右手を胸の前にあげて、宣誓のポーズをとった。そしてそれはすぐに後悔することになった。

「真由なんだけど、今度のリレーで負けたら水泳辞めるって言うんだ……」

 のんたんは私にサヨナラを言って帰って行った。私はそのしゃんとした背中を見ながら考えた。どんな結果が出ても私たち四人はいずれバラバラになる。わかっている事の筈なのに、それを改めて押し付けられた私はどうすればいいのかますます分からなくなった――。 
作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔