メドレーガールズ
真由が返事をするのに一瞬間があった。それもそのはずだ。トライアルを制したのは真由ではなく律っちゃんだったし、真由は去年の借りを返すべくフリーにシフトしていたのだから。
部員全員の驚きを全く気にしない様子で先生は続ける。
「アンカーはフリー、志生野律子」
「はい」
キャプテンらしい落ち着いた返事で、スタスタと前に出てきた。部員たちのどよめきを無言で抑えるその姿に後輩たちは開いた口を閉じて、律っちゃんに拍手を送った。
「以上が今年のメドレーリレーの代表です。今回はオンリー三年生で代表をしてもらいます。私もずっと考えて決めました。彼女たちならやってくれると信じてます。ではキャプテンからあいさつ」
先生は後ろから律っちゃんの両肩をつかんだ。
「浦風中学校の代表として、キャプテンとして、一番で帰ってきます」
律っちゃんらしい、堂々とした声と挨拶に拍手が響いた。
「選ばれた以上、役目を果たしたいです。」
真由は少し動揺していた。去年の借りをフリーで返したいと躍起になっていただけに少し不本意だろう、控え目な言葉に現れている。私にしてみれば「選ばれるだけでもスゴいんだよ」って言ってあげたいくらいだ。
「『蓮井を選んでよかった』と言われるようにみんなの分まで頑張ります、力、分けてください」
口下手な私であるが、昨日から台詞は練習していた。後輩たちの拍手、特に真美ちゃんの顔が目に入り、私は選ばれた事を素直に喜んでもいいのだと思えた。
「次、市田、どうした?」
「先生……」
のんたんが後ろに立つ先生に声を掛けた。いつもと様子が違う。出来た間に前にいる三人は息を呑んだ。
「そうね……、ここで発表する?」
「はい……、先生から言って貰っていいですか?」
「そうね、市田も辛いよね」先生はのんたんの頭を軽く抱きかかえた。普段見ないのんたんの様子に私達は何か変な感じがした。
「はーい、注目」
「実は市田なんだけど、お父さんの仕事の関係で八月に転校することになりました」
ここにいる全員は「えーっ」と声を出した。私は隣にいるのんたんの顔を見ると、冗談で言ってるのではないことがわかる、私含め三人共が声をかけられない雰囲気だ。
「市田、挨拶するか」
のんたんは小さく頷いた。
「本当は大会が終わってから言うつもりだっだけど、黙ってるのも違うかなと思うのでここで言います。私は今度、タイに引っ越すことになりました」
一堂がどよめいた。外国へ行くのはここにいる誰もが想像していなかったからだ。
「だから、私にとっては次が最初で最後のリレーになります。なので、私達は……」のんたんは大きく息を吸い込んだ、プールの波と時間、そして空気が一瞬だけ完全に止まった。
「絶対に勝ちます!」
のんたんらしくない叫び声に近い大きな声だった。その叫びに応えるように、今日一番大きい拍手がプールサイドに響き渡った。
こうして浦風中学校女子水泳部のメドレーリレーの代表が決定した。私達は希望通り、三年生の四人で大会に臨むという最初のハードルは突破した。
しかし、ここで真由と律っちゃんの種目変更。水嶋先生は意図があって決めたことなんだろうけど、二人だけでなく私ものんたんもその決定事項に動揺の色は隠せなかった。
さらにのんたんの突然の告白、この短時間の間で受け入れなければならない事が多すぎて頭の中で全然整理が出来ず、跳び上がって喜ぶ程の雰囲気は出なかった――。
それでも私達は円陣を組んで、一年越しの誓いを再度確かめあった。目指すは頂点、それ以外はない――。最初で最後の私達のメドレーリレー、
一着を賭けたドラマのシナリオは始まったばかりだ。
大会まであと50日――。
メドレーガールズ 第二章終わり
第三章に続く