妄想
黒く長い髪がやけに鬱陶しい。最後に切ったのはいつだったろうか。…思い出すのも面倒くさくなる位前、といったところか。
ふと喉が渇いたので立ち上がろうとすると足元の空き缶が転がってしまった。いけないいけない。慎重に動かないとな、と心の中で呟く。
重い足取りでキッチンまで行き、蛇口を捻る。出たのは錆れかけたステンレスの悲鳴だけだった。本来な小さくため息をつきたいところだが、そんな体力さえもないので仕方なくその場で寝転がることにした。無機質な床がやけに冷えている。そうか、もうそんな季節になっていたのか、と回らない頭でもぼんやりと考えてしまうのは仕方のないことだろう。世間では冬の真っ只中であるのだから。
私、神宮寺理沙は最近流行りのパズルゲームを最近流行りのスマホでイジリながら東京の夜を彷徨っていた。夜と言ってもこの季節はまだ暑い。テレビに写っている愛嬌たっぷりのお姉さん曰く、今年は残暑が続くそうだ。バイトで流した汗を拭っても、一向に引く気配を感じられないのもそのせいだろう。
到着。目的の店に、ちょうどスマホの電池が切れそうなタイミングで辿り着くことができた。ポップ調の入店メロディと共に冷気が私を包み込む。あぁ、幸せだ。この一瞬は私を裏切ることはないだろう。そう思いながら軽い足取りでお酒のコーナーへ直行する。缶のプルタブを開けた、あの素晴らしい音とともに全てのしがらみから解放させてくれるような…これは言い過ぎであろうか。まあそのようなイメージを容易にさせてくれる、そんな酒を躊躇なく選んだ。おつまみは何にしようか、鯖の缶詰、ビーフジャーキー、さきイカなど、40代くらいのおじ様達のチョイスかと思われるラインナップが頭の中を駆け巡ったが、5分程度悩んだ挙句、パスタサラダなるものを選んだのだった。決して誤解しないで頂きたいのだが、ダイエット思考で選んだ訳ではないことを先に言っておく。
意気揚々とレジへ向かい、いつも吸っている煙草も一緒に1箱購入。バイト先の先輩から勧められて試しに吸ってみたのが運の尽き。なんとなく吸い続けて現在に至る。
レジで会計を済ませ外に出ると、懐かしくも見たくもない、見知った顔が現れた。
「あれ?理沙か?」
私は髪を金色に染め、いかにも、といった格好をしてるそいつを無視して家の方向へ向かう。
「おい、待てって。無視する事はねえだろ」
あぁ、街がまだ騒がしい。今夜は何か祭りでもあったのだろうか。この季節ならどこかしこでやっているだろう。今年は祭り、行けるといいな…。