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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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私は二階に上がって床に伏せた。天井を見上げると軽いめまいを感じた。
しかし、不思議と気分はそんなに悪くない。
もしかしたらそろそろウイルスが抜け始めるころなのかもしれない。

ふと、何となくさっきの男性のことを思い出した。
優しい笑顔だった。
私を呼んだ時『次の予定』とは言っていたけど、でもよく考えればまったく『忙しい』といった風情ではなかった。
だってそれならば絵を描いてくれなんて時間のかかりそうなことを頼むはずもない。
それにそもそもマスターとは知り合いのようで、加えて店内にふたりきりでいたのなら、マスターがお店を抜けたことをきっと知っていたはずだ。

私に声をかけた時、あのひとはレジに小銭がなかったことを知っていたのではないか。
つまり千円を出してもおつりが出ないことを知っていたのではないか。

それを導きにして私に絵を描かせることと、それをマスターに見せることが目的だとして、『理由』は私には知るよしもない。
だけど、
あの人の行動は圧倒的に善意だった。
不思議とそれを疑う気持ちは私の中に全く沸いてくることはなかった。
それに呼応するかのように悪寒が楽になってきたような気がした。
さっき計ったばかりだけどと思いつつ、もう一度体温計を脇に挟む。
階下からまた別のピアノ曲が響き始めた。
それに合わせるかのように体温計がピピッと音を立てた。
取り出して眺めた液晶に表示されていたのは『37.9』の数字だった。

科学的な因果関係なんて知らない。
だけどこの一連の流れに、私は訳もなく『つながり』を感じた。
ステイ・ホーム。家にいるということ。流行り病が広まる時には、ヒトはかくあるべし。
なのに町をうろついては絵を描いてもらおうとするアマビエさん。
「ありがとう」
と私は上を向いたまま呟いた。
応じるように、また少しだけ体が楽になるような気がした。

<『熱と女中と霧雨堂』了>