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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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マスターはその女性にそう言った。
「ありがとう」
とその女性は答えた。
髪の水を拭い、身体の水気を取り、それでも衣服や染みついた雨水は彼女をしてずぶ濡れの状態たらしめ続けた。
マスターはその女性に対して、私の案内とは逆の方に右手を示した。
そこには一番奥のテーブル席があった。
その女性はマスターの指示に従い、テーブル席の方に歩いた。
本当に何となくだけど、その時のこの女性がどことなく嬉しそうに感じられたので、私はこの女性とマスターの間に何かいわくがあるのだろうかと漠然と思った。
女性は窓際の席に座った。
私から見えるその様子はまるで一枚の絵画のように様になっていて、ほとんどそこが彼女の指定席なのではないだろうかと私に思わせた。


そう、それこそきっとずいぶん長い間、そこが彼女の『指定席』であったかのような。


マスターは小さな声で何か彼女に声をかけて、彼女がそれに頷いて応じた。
マスターは真っ直ぐカウンターのこちら側へと戻ってきた。
「――お知り合いの方ですか?」
さっきのマスターと彼女の話し方から、思わず私も小声でそう尋ねた。
マスターは何事もなかったかのように頷いて、
「そうだよ」
と答えた。
「隅に置けないですね。綺麗な方じゃないですか」
だから私はそう言ってマスターをからかった。
いや、
からかったつもりだった。
だけどマスターは笑わなかった。