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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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そこに立っていたのは、ずぶ濡れの女性だった。
色の濃いスリムのジーパンに、白いTシャツというラフな格好ではあったが、全身が上から下まで川から上がってでも来たのかと言わんばかりに、まさしくずぶ濡れだったのだ。
腰までもありそうな長い髪の毛はその先端からぴちゃぴちゃと雨水を滴らせ、俯いた顔の上には長い前髪が覆い被さり、表情はまるで知れない。
当然手に傘を持っているようなこともなく、私は眉をひそめかけ、慌てて眉間から力を抜いた。
何しろ、それでもお客さんはお客さんなので、私がそんな態度を取ることは出来ない。
「マスター、大きめのタオルをお願いします」
私は拗ねる振りをして厨房の方にまで引っ込んでしまったマスターに向かって、少しだけ大きな声でそう呼びかけた。
そしてその女性の方に歩み寄ると、
「どうぞ」
と手で示してカウンターの方に案内しようとした。
勿論テーブル席の方だとソファが水浸しになってしまうからで、お客さんには出来るだけ快適に過ごしてもらいたいと思う一方で、被害は最低限に抑える必要があったからだ。
濡れても合皮で覆われたスツールひとつならなんとかなる。
加えて、マスターがタオルを用意してくれて、ある程度水気を押さえられればまず後片付けも大丈夫だ。
「ありがとう」
その女性はそう呟いた。
その声音に、私は少しドキッとした。
濡れそぼった、失礼ながらほとんどみじめにすら見えた容姿からは想像もつかないほど、その声音は暖かかった。
例えば梅雨に入る前に、去る春が残した暖気のような穏やかさを、そのたった一言に忍ばせていたようだった。
そしてその女性は私の隣で、細い右手を顔の前に上げて、張り付いた前髪を上の方に向けて払った。
そこに出てきたのは、ため息をつくような美貌だった。
ポスターでしか見たことがない戦前の映画スターのような、どこか古めかしさを感じさせる雰囲気はあったが、それは自然に目鼻が整いすぎた故のモノだと言うことはすぐに分かった。
細面の中に、控えめな雰囲気と意志の強さとが矛盾せず同居するような黒目がちの目があった。
筋の通った鼻の下に、薄く朱を引いた唇が厚すぎず、しかしぷっくらと果実のように二本伸びている。
ただ、肌の色はだけは良くはない。
色白と言えば聞こえは良いが、白すぎるのだ。
白すぎて、ほとんど青白く、生気というモノがおよそそこに感じられない。
私が左手で店の奥をさりげなく示すと、その女性は頷いてそちらへ歩いた。
その態度行動は自然で素直で、思わず私は相手に見えないようにもういちど敬服のため息をほうとついた。
すると、
「ちょっと」
と私は声をかけられた。
右手を見るまでもない、声の主はマスターだった。
マスターは両手に広げて大きなタオルを一枚持ち、それを女性の方に向けて差し出した。
すると、その女性は首を軽く傾げて、ゆっくり深くお辞儀をすると、マスターから丁寧な仕草でタオルを受け取った。
マスターが一歩その女性に歩み寄った。