E.Avarice
【 Ep,00 - Prologue - 】
それは突然で偶然の出来事だった、いやもしかすると偶然じゃなくて"必然"
だったのかもしれない、天災の様に見えて"人災"だったのかもしれない。
でも事後の今となってはそんな事、どうしようもなく無意味でどうだって良
い事...なのかもね。
丁度5月の始め、まだ春の余韻が残るそんな時期に"それ"は起こった、平均
的な人間が最も好むであろう心地の良い気温...。
そして、最も人間の気が緩むであろうそんな時期の日本にその"悪魔"は舞い
降りて来たんだ。
例えそれがどんな季節だったとしても、血生臭い戦場で戦い続ける戦争のプ
ロ達がその場所で迎え撃ってたとしても...。
たぶん、"それ"を防ぐ事は出来なかったんじゃないかなって私は持ちたくも
ない自信を持ってはっきりと口にする事が出来る。
私は"それ"あるいは"悪魔"ってされてる物の正式な名前を知らない、むしろ
名前なんてあるんだろうか...。
強いて言うならあれは...そうまるで子供向けアニメなんかに出てきそうなブ
ラックホールみたいに大きくて"真っ黒"な何か...。
そこにある物全部を飲み込んじゃいそうな...そんな何か、としか説明出来な
い、日本語って不便だな...。
兎に角、その"真っ黒"な何かは現れたと同時に街を一瞬で飲み込んでしまっ
た、たぶん私以外の全ての命も一緒に。
私は運が良いのか悪いのか分からない、一応生きてはいるんだけど...絶賛逃
走中な訳で生きてる心地が全くと言って良い程しない。
何から逃げてるのかって?...これもまた説明が難しい、まぁ例えるならSF映
画に登場しそうなゾンビとかエイリアンみたいな感じ...かな。
見た目はグロくて異常に足は速い、陸上部に入ってなかったら今頃捕まって
餌にでもなってたのかも...。
「はぁ..はぁ...」
でもそろそろ限界みたい、足がもう走れないって訴えてくるのがはっきりと
分かる、この激痛が何よりの証拠...。
私の身体は、まるで崩れ落ちるみたいに雨で冷たくなったコンクリートの上
にその膝を付ける。
「ちぇ..ここまで、かなぁ...」
気配、もう何かは分かってる、私は自分の背後にいる者の正体に確信を持っ
て振り向く...やっぱり"こいつ"か。
"真っ黒"な何かが街を飲み込んだ後から急に現れた化け物、そいつが私の目
の前で自分の勝利を確信したみたいに仁王立ち。
「はぁ...どうせ殺すんでしょ?ならせめて優しくしてよね、私死ぬのは初め
てなんだからさ」
目を閉じる、人生で初めて味わう"死"がこんなキモい奴にだなんて最悪だけ
ど事実だから仕方ないよね、せめて顔ぐらいは見ずに死のう...。
1秒...もうそのくらいは経ったかな、あと少しで私の16年っていう短い人
生も終わっちゃうんだ。
2秒...ん?随分と時間をかける殺人鬼だなぁ、そんなに私の怯える姿を期待
してるんだろうか。
3秒...ドS過ぎるよぉ、いくらホラー系平気な私でも泣いちゃうよ?
4秒...いい加減イライラしてきた、私はイラつきを抑え切れず閉じていた目
を勢い良く開く...唖然としてしまった。
さっきまで私の目の前で仁王立ちしていた"そいつ"は視線左下の方で仰向け
に横たわりながら苦しそうに唸っていた。
何があったのかはすぐに理解できた、青年だ、見知らぬ青年がその足でそい
つの胸元を強く抑え付けている。
「私以外にも..生きてる人が居たんだ...」
青年の右手には拳銃らしき物が握られていて、その銃口はしっかりとそいつ
の顔に向けられていた。
「俺は怒っている...」
小さくだけどそんな言葉が私の耳には届いた、そりゃ怒るのは当たり前の事
だ、急に街がこんなになって、きっと大切な物も沢山...。
「お前達は絶対に許されない事をした」
「お前達は奪いそして汚した...俺の唯一の"娯楽"を」
"娯楽"?一体この青年は何を言ってるんだろう..もちろんその単語の意味は
分かる、でもどうしてそんな事で...。
「日曜日の午後12時50分に頭がおかしくなりそうなくらい嫌いなジャズ
を流し続ける一番嫌いな喫茶店の日も当たらない一番奥の席で一番嫌いな糞
不味いコーヒーを啜りながら一番嫌いな小説家の駄作を舐め回す様に読む」
「そんな素晴らしい"娯楽"をお前達は俺から奪ったんだ」
完全に逸脱してた、少なくとも私の知ってる"一般的人間"の思考とは間違い
なくかけ離れていた。
この青年にとって街の現状なんてどうでもいいんだ、この青年はその悪趣味
としか思えない"娯楽"を邪魔された事にのみ殺意を抱いてる。
その後も青年は坦々と言葉を並べ続けた、とても私には理解しがたい意味不
明な言葉を永遠と...。
「しかし、どんな奴にも罪を償う事は許されている...だから償え、街の住人
にじゃあない、俺だけを対象にその命を対価にして償え」
『そして...後悔し続けろ』
青年は何一つ迷う事なく引き金を引いた、時間にしてみればほんの数分の出
来事なんだろうけど、私には長く今までで一番恐怖した時間だった...。
To Be Continued...