「から揚げ-もう見ぬ彼と」
れば大学一年の夏に戻りたいかなと思う。
昔僕には幼馴染がいた、母の親友の子供だった。
本当に小さかった子供の頃に中華料理屋に母親に連れて行かれた時、
母の親友もそいつを連れて来ていた、少し古くなったオモチャを持っ
て来ていて、それで中華屋で一緒に遊んだ。帰り際そいつはそのオモ
チャをくれた。
その彼と一緒に夏休みにどこかに旅行にでも行って欲しいというのが
大学一年の時に母から頼まれたことだった。
彼の両親が離婚して以来、彼は自宅からあまり外に出てないらしい。
良く会っていたのはほんの四歳位までの彼に付き合って、どこかに行
く理由は無い。
それより出来たばかりの彼女と渋谷の道玄坂で一発カマすのが先決だ。
あっさり断ったが、それから母の口から彼に関する話を聞くことが無く
なった。
今更母に聞くのも断った手前気前が悪い、何より僕はもう三十になった。
断ってから少し経って、母から彼は家を出て、福井の父親の所に行った
と聞いた。
今はもう彼の話自体出る事は無い。
今僕は転勤して福井にいる、まだ独身で友達もここにはいない。
福井の居酒屋で一人でから揚げ定食を食べていたら、あの時彼に貰った
オモチャのキャラクターが出ているアニメの再放送が店の隅に備え付け
られたテレビから流されていた。
そのオモチャも無論今はもうない。
もし過去に戻ったら、一回一緒に居酒屋にでもいってから、どこかに旅
行に行けたらいいなと思う。
そしたら今ここで、一緒にから揚げをつつけていたかなと思う。
作品名:「から揚げ-もう見ぬ彼と」 作家名:小萩悠助