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真朱@博士の角砂糖
真朱@博士の角砂糖
novelistID. 47038
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浮遊と溺死と僕のこと

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前提 僕は、飛べない上に、泳げない。




①浮遊のこと

美しく揃えられた真っ赤なハイヒールの靴を見て、僕は、ああ誰かが飛んだのかなぁと思ったが、靴の主人はそこにいた。裸足の女性は体操座りで膝に顎を乗せ、自分の靴を見つめていた。何をしているのかと問うと、彼女は散歩、と言った。座っているように見えるけど、と言うと、彼女は笑った。空を散歩しているの。彼女が靴から目を離すことはなかった。こうやって、空の入り口に揃えられた自分の靴を見つめているとね、自分がいまどこにいるのか、わからなくなるの。姿が見えないから、飛んだのかしら。でもずいぶん意識がはっきりしているから、きっと浮かんでいるのね。


②溺死のこと

最初は、些細なひとつの失敗だったらしい。湯の様子を見に行った彼女は、浴槽の中へ読み途中だった文庫本を落としてしまった。文庫本は拾おうとした彼女の手をすり抜け、ひしゃげた百合のように浴槽の底にゆらめいた。彼女は服を脱いで、文庫本と一緒に風呂へ入ったらしい。彼女は、本を読了することをやめた。本を溺死させる術を得た彼女に、物語の終わりが来ることはなくなった。一方僕は毎晩溺死体と風呂に入る羽目になった。一度、僕の読み途中だった本が死んでいたのでつづきの活字を拾おうと頭まで湯にもぐったことがあったが、泳げないことを思い出したので、それ以来一度もやっていない。


③僕のこと

君は確たる浮遊と溺死を手に入れて、結果として僕をおいて無事に着陸してしまったわけである。宙と水の中に取り残された僕は、足のつく地面と肺へ取りこむ空気を求めてもがき苦しんでいる。君は僕を見下ろし、見上げ、そして僕を羨む。たのしそうね。彼女は言う。私、あなたみたく上手に生きられない。地に足がつけられないのよ。あなたの近くへ行きたいのに、どうしてもうまくいかないの。なぜかしらね。浮遊する溺死体に成り果てた僕は、答えない。




結論 僕はただ、歩みたいのだ。




(了)