さくら
優と別れて20年少しが過ぎていた。恋人ではなかったが、お互いがそのような気持ちで付き合っていたのかもしれない。と言うのは従妹であったから、気持ちのどこかに結婚は出来ないと、優も僕も感じていたのかもしれない。
ぼくたちが通う高校の路に桜の木が並んでいた。その先には袋川があり、その土手沿いには沢山の桜の木があった。桜の花が散ってしまうと、その路を優は通いたくないと言いだした。僕は学校には近道で、葉桜も好きであったから、優の気持ちが解らなかった。
優と僕は別れて登校することになった。ぼくは野球部の連中と通学した。
「谷の従姉妹だろう、佐々木優は」
「うん」
「この間大騒ぎだったらしい」
「・・・」
「トイレに入って、裸になって、親友の亀田に毛虫捜しをしてもらったそうだ」
「何時のこと」
「先週の火曜日だよ」
僕はそうかと気が付いた。優の肩に落ちた桜の花びらを、僕はいつかはこの手で払ってみたいと思いつづけていた。それなのに、毛虫の事など予想もしていなかったのだ。僕が見つけていれば男らしく、テッシュペーパーで捕まえたのに・・・と思いながらも毛虫は大嫌いであった。小さな時に毛虫に刺され、身体が栗のいがで刺を刺されたように、細かに赤く膨れてとても痒かった。
6月の衣替えになっても優は半袖にならなかった。僕はその事がとても気になった。まだ毛虫に刺された痕が残っているのだろうと思ったからだ。
優と僕との付き合いはそれからは疎遠になった。
偶然に僕は結婚相手がいなかった。優からの手紙の名字が変わっていない事に気が付いた。
僕は袋川沿いの桜の花を封筒に入れて、優に送った。
こちら弘前では桜が満開になりました。との手紙に桜の花が添えられていた。
僕は優が退院できたのだろうと思いながら、その桜の花を見た。従妹でなければ・・
いや今からでも遅くはないのかもしれない。桜が咲くたびに、僕はそう考えながら今日まで来てしまった気がする。ほぼ1カ月遅れの桜の開花のずれは、ぼくと優の気持ちのずれのようであった。そのずれは正確にお互いを思い出させてくれてもいた。