桃色少女
「でも、粒子の大きさ形状的には味の素の方が間違えやすそうにも見えますね」
「ああ~それは新しい視点かもね~」
笑って答えつつも手は休めない。さすが手際が良い。ピンクエプロンの真ん中の、黄色いひよこが忙しげに揺れる。
「う~ん、ココアが足りない」
手を休め、腕組みして月乃さんが眉を顰めて呟く。
「じゃあ、買いに行きましょうか?」
私はエプロンを外して尋ねる。
「うん、買いに行こう。駅前のスーパーにお気に入りのがあるから」
月乃さんもそう言って、エプロンを外す。
そうなると私の相棒、あいつの出番だ。
「ねえ、陽子」
「はい?」
私は相棒に跨って、月乃さんの方を振り向く。
「二人乗りって良いのかな?」
月乃さんは心配性だ。
「大丈夫ですって、危ないからちゃんと私に掴まってて下さいね」
「え、つ、掴まるって、ど、どこを…」
今日はちょっと長めの白のスカートなので、私の後ろに横向きに座る月乃さんは、また紅くなっている。
今日の月乃さんは紅くなったり、白に戻ったり、今日の装いとも相まって、何だかピンク色な感じだ。
「まあ、腰の辺りでも…お好きなところを」
「こ、腰!す、好きなところ!?」
「はい」
何を焦っているのかよくは解らないけど、月乃さんは恐る恐るといった感じで私の腰に手をまわしてきた。
月乃さんのしなやかな腕の感触が、腰に伝わり、お腹の辺りに柔らかな、ちょっと体温が低めの月乃さんの手のひらの感触が伝わる。
「じゃあ、行きますよ」
「はい」
月乃さんは俯いて緊張気味に答えた。
私は良い気分で、昨日までよりも少し暖かい空気と、青い空の中を走りだした。
「月乃さん、今日は暖かいですね」
「うん」
何か月乃さんの口数が少ない。
「あ、月乃さん水仙の花が咲いてますよ。でも、もうじき水仙の季節は終わりかな?」
「そうね」
やっぱり何を言っても反応が薄い。それに反するように、月乃さんの手のひらは段々と暖かさを増していく感じがする。
何だかこの陽気とも相まって、とても心地良い。
「月乃さんの手も素手なのに段々暖かくなってきてますよ。もう完全に手袋のいらない陽気ですね」
「!?っ」
月乃さんの手がより一層熱くなる。また顔も真っ赤だったりするのだろうか。
「あ、月乃さん梅の花が咲いてますよ。紅と白、今日の月乃さんと同じ桃色も」
駅前に続く道の途中にあるお寺の敷地内の梅の花、まだ満開ではないけれど今日の陽気に押されたのか大分咲いていた。
「本当、綺麗~私と同じ色で何か嬉しいな」
「月乃さんの今日の服装可愛いですよ。月乃さんに凄く似あってます」
梅の花を眺めながら、後ろに座る桃色の少女の面影を思い浮かべた。
「…あ、ありがとう」
そう聞こえた後、背中にふわりと温かい柔らかな感触が、少しの重みと一緒に伝わってきた。
「春は近いですよ、月乃さん」
そう言うと、背中の感触はさらに強さを増した。
「そうだね。もうすぐ春だね」
背中に感じられる月乃さんの感触が、とても嬉しい。
「じゃあ、今日はこれで帰るから。ご両親によろしくね。今度はちゃんとご挨拶いたします。って伝えておいてね」
帰り支度を整え、玄関で靴をはく月乃さんが珍しく先輩らしい言葉を言う。
「解りました、今日はありがとうございました。でも、晩ご飯食べていかれても良いのに。もうすぐ両親帰ってきますし」
「いやいや、何て言うか自分の主義としてちゃんとしたご挨拶もせずに、いきなり晩御飯をごちそうになるのはNGだし」
手のひらをひらひらとさせながら、やっぱり先輩らしいことを言う。
「あ、それと来週は今日作ったクッキー以外はあげたら駄目だからね。これ絶対」
人差し指を私に向けて、念を押すようにそう言う。何だか頭を撫でたくなるポーズだけど、今撫でたら何となく怒られそうな気がするので止めておいた。
「はい、月乃さんと作ったクッキーだけが、私のホワイトデーのお返しです」
無難にそう答えておいた。
「よろしい、じゃあねまた明日」
今日一番の微笑を私に向けて、桃色の少女は帰っていった。
春の訪れの兆しを私に残して。
終
BGM
ハートのクッキー/くにたけみゆき
桃色/aiko
idol fancy/capsule
CANDY GIRL [ORIGINAL MIX]/hitomi