ihatov88の小咄集
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元プロボクサーのガッチはかつては世界チャンピオンにもなった名ボクサー、現役を引退後結婚し幸せな家庭を築いている。しかし、彼は辛い減量も厳しいトレーニングも文句言わず耐えることができるのだが、一つだけ苦手なことがある。
それが、「寝起き」だった。動いている時はとことんまで動けるのだが、一旦動きを止めるととんでもない長さの休養を取る。そのギャップがパワーの秘密であることは言うまでもないが、関係者にとっては心配事の一つだ。これまでに彼が起きないことで大切な約束をすっぽかしたりすることは日常茶飯時で、妻もこれには毎日ウンザリしていた。
ある日曜日の朝、かつて所属していたジムのセコンドのダンペーがガッチの家を訪ねてきた。
久し振りの来客、しかもガッチが「おやっさん」と慕ってやまない人の来訪にも関わらずガッチは深い眠りに落ちていた。前日
「明日はおやっさんが来るんだ」と言って興奮して夜も寝付けなかったガッチ。深夜過ぎまでシャドーボクシングをしていたのが仇となり完全にスイッチオフだ。
「あなた、ダンペーさんが来てくれましたよ」
布団を揺さぶる妻、何度揺すろうとガッチは一向に起きようとしない。
「もう、ホントにすみません……」
深々と頭を下げる妻、長年来の付き合いであるダンペーはガハハと笑いながら、
「まあ良い、まあ良い」
と言ってくれるのがせめてもの救いだ。
「ところで奥さんや、あなたはガッチを起こす方法を知らないのだな?」
「へ?起こす方法ですか?」不思議そうにダンペーの顔を見る妻、そもそも人を起こすのに方法ってあるのだろうか?だとしたら教えて欲しい、今までそれで損をしたこともいっぱいあったから。
「よし、わかった。それでは中に案内してくれないか」
ダンペーの言う通り、妻はダンペーを部屋に招き入れガッチが寝ている部屋のふすまを開けた。
「ほう――、よう寝ておる」
布団の上から一回足蹴り、ガッチは無反応だ。
「本当に、起きるのですか?」
心配そうに問う妻
「見ておれ」
ダンペーは指をガッチに向けてこう言い出した――。
ワーン、ツー、スリー……、
……エイト、
と言った瞬間、
ガバッ!
なんとガッチが突然立ち上がった。
「オーケー、オーケー。カウントエイトだ、ガッチ」
ダンペーに向けて両拳を胸の前にしてファイティングポーズを取るガッチ。ダンペーに拳を捕まれると、
「あっ、おやっさん!」
「久し振りじゃのぉ!」
二人は抱き合って再会を喜んだ――。
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔