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MOGAKI / 01

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大学生、四年目。

とても忙しかった。とにかく忙しかった。就職活動は朝から夕方まであくせくと緊張し続けた。夜に帰ると卒論のレポートを書く。暇のある時はバイト。時彦の愛するゲームすら出来ないでいた。
ただまあ、楽しいには楽しかった。大学に入ってから郁巳と時彦は同棲し始めた。同じ大学だからルームシェア、という名目の元。郁巳の作る料理はとても美味しいし、「ルームシェア」は誰からも怪しまれない。このままならどれだけ良いかと、時彦は思っていた。

「なあ」
「なんだよ」
「本当に、俺は働かない方が良いのか?」
「俺が稼ぐからお前が家事やれば良いじゃん」
「でも世の中の女の人は両方やってるぞ」
「俺がそうしたいから、お前に言ってるんだろ。大丈夫だよ、もし心配ならバイトでもしろよ」
「…うーん、」

そうして、駅の改札口から出て喋る。人ごみの中で彼らの言葉に耳を傾ける人間がどれほどいるだろうか。聞いていたらギョッとするかもしれない。
今日は、時彦の忙しい日時の合間を縫って外に遊びにいった。とは言っても遊びに行くとはつまり二人で大きなところで買い物でもしようというだけだ。食料品に雑貨、服。特にテーマパークも好きでもないし、面白味もない。第一好きじゃない。こうして時間を二人だけで共有できることが嬉しかった。

「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」
「ん、自販機で飲み物買ってるから」

郁巳が駅の外のトイレに向かった。時彦はふらふらと百円玉を二枚持って自販の前に立つ。
お茶か炭酸か。悩みに悩んでいると、ふと、時彦は他人の目線が気になった。意味はない。なんだか、不安がよぎる。何か嫌なことが起きそうだ、怖い気がする。何か、変だ。きょろりと、不審ではない動きを心がけて、あたりを見回す。胸がつまる。しまった、最近忙しかったからか体調が悪くなったかな。そうして、さっさと買ってしまおうと思って、金を入れようとした。

世界の軸が狂ったのかと思った。

世界は回転した。百円玉が一枚悲劇的な音を出して転がる。地面が傾き、時彦の身体はアスファルトによろめいて膝をつく。胸がとても苦しくなって、息ができない。何度も吸って何度も吐いても、何も酸素が回らない。身体が硬直する。身体の異変に、時彦はついていけなかった。死ぬ。死んでしまう。筋肉が言うことを聞かずに、足も腕も、全部固まって、その場に倒れこんだ。その間もばくばくと耳元でうるさいほどの心拍音にますます怖くなって、はあはあ。はあはあ。声が出ない。やばい。死ぬ。これは死ぬ。死にたくない。遠くで悲鳴が聞こえた気がした。

トイレから出ると悲鳴が聞こえた。なんだと思って見てみると、人だかりが出来ている。自販機の前だ。まさか、と思って郁巳は様子を伺うと人々の足の隙間から見えるのは、時彦の着ていた真っ赤なティーシャツ。弾かれたように郁巳は走り出した。人だかりを掻き分けた。うつ伏せで倒れこんでいる時彦に、郁巳は時彦の肩をひっつかんだ。

「時彦!!おい!時彦!?」

救急車は呼んだぞ、と野次馬から聞こえてくる。それに一瞥を加えて、もう一度時彦に向かう。呼吸が早過ぎて、過呼吸を繰り返しているようだった。苦痛に耐えているのか、歯を食い縛っている。身体は震えていた。郁巳は時彦の手のひらを触ろうとすると、そこにはもう一枚百円玉が握られていた。しかし酷く力がこもっていて、百円玉はびくともしなかった。背後から、救急車の音がやけに他人事に聞こえた。

first my disease of madness
作品名:MOGAKI / 01 作家名:与七