バレッタ
暫くして、にゃんと あ、いや… ちゃんとキミは 来てくれた。
すっかり 読み取ることができるようになったかなぁ。なんの自慢にもならないけれど。
だけど、ボクはキミを見て あれ? 何かが違うと違和感があった。
そうだ、髪型が…… 髪飾りを買ったというのに髪が短くなっている。
「髪 切ったの?」
「うん、チョキンとにゃん」
「そっか……」
ボクの様子に キミは不思議そうな顔をして近づいてくる。きっとボクはしょげた顔つきをしているんだろうな。仕方ないじゃないか。いやボクのことじゃなくて キミは女の子だもんね。髪型だって変えたくなるさ。でも そのうち髪が伸びたら付けてくれるかな。
「あのさ。こんなの使うかなぁ」
ボクは、ラッピングされた包みを差し出した。
「にゃん?」
受け取ったキミは、包みの中を覗くと はにかんで頬を膨らませた。そのまま目元を細め洗面所のほうへ行ってしまった。(機嫌でも損ねたかな……)
洗面所から戻ったキミは、ボクの前でひとまわりして見せた。柔らかなスカートの裾が円を描くように広がった。パステルカラーのカーディガンの肩先にキミの髪が揺れる。
そして、あの髪飾りがサイドから掬い取った髪を後ろに纏めていた。
「あれ? もう髪伸びたの?」
揺れた髪が落ち着いたとき、さっきよりも長く、そう いつも通りに思えた。
「ミラクルマジックにゃん ってそんなに早く伸びないよん」
どうやら、毛先をわずかにチョキンと切っただけで、ショートに見えるように細工をしていたらしい。それなのにボクは、それに何も言ってあげなかったね。(ごめんね)
仕事の椅子に座っているボクの膝の前に 背を向けて立つキミを抱きしめたい。
抱きしめたいけど、見られなくなってしまう。
キミの綺麗な髪とその柔らかな香り そして ボクの選んだ髪飾りが目も前にある。
「可愛いよ」
「後ろ姿なのにぃ?」
「あ、ごめん。似合ってるよ」
「そ。でも見えないにゃん」
「大丈夫。ボクがその分も見ておくから」
キミは、ボクの方に向き直ると、頭を少し傾げると片手で パチッと髪飾りを外した。
すると、何あろうボクの髪の毛にパチッと髪飾りを付けたのだ。
「なに なに なに」
「んふぅん …… 可愛い」
「可愛いってなんだ!」
「バレッタだよ。可愛いにゃん。綺麗だにゃん。ありがとにゃん」
「もう取ってくれよ。自分で見えなくても恥ずかしい」
「ほぉーい。ねえ猫につけたら 可愛いかな?」
「猫? まあ猫に小判。それに嫌がるんじゃないかな。だからつけちゃダメだよ」
「にゃん」
キミは、ボクの髪の毛から 髪飾りを外すと、また自分の髪につけた。
それをまた見せるように背を向けたキミを後ろから抱きしめた。
「でも、何の日?」
「なんでもない日の贈り物。たまにはいいだろ?」
キミは、振り向いて 両方の掌でボクの頬を挟んだ。
「おっしゃれぇなことするんだね。んじゃあ」
ボクは、動いていないはずなのに キミの淡いピンクの唇しか見えてこなくなってきた。
(あれ? 見えなくなった けど 柔らかい ・・・・・ あ、離れちゃった)
「ちょうちょ。ヒラヒラって髪に止まってるみたい」
「また お出かけしようね」
散歩の途中で見つけた髪飾りに キミはこんなに物語を見せてくれるなんて嬉しかった。
ボクとキミの物語は まだずっと続く そんな気がする。
「もう一度 キスして」
「にゃ?」
キスよりも キミの嬉しそうな笑顔を もっと ずっと見つめていたいと思った。
なんでもない日のボクの贈り物のバレッタ。
ただそれだけなのに……。
― 了 ―