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日本にいる母からシンガポールに訃報が届いた。
85になる父が亡くなった。風呂場で倒れていたらしい。心筋梗塞だそうだ。

ちょうど子供たちのシンガポール日本人学校の祭りに子供と嫁を連れて行っていた時の電話だ。母に、
「ああ、会社にいってすぐにでも日本に帰る」
 そう言って賑わう祭りの中で亡き父の事を思う。

 あれだけ気の強い父でも亡くなるんだ。

 学校に花火が上がる。赤と緑とピンクとオレンジか…シンガポール在住の日本の企業の献金であげている小規模の花火だ。
 しばらく心ここにあらずという状態だろうか、その小さな花火をただ阿呆のように眺めていた。
 会社と連絡を取ってその晩、深夜便で帰国した。実家は秋田にある。

 幼少期、私はいくつかの家を転々として最後に今の亡くなった父と現在80になる母の元へたどり着いた。家は父が土方をしていて貧乏だった。二人の姉は血のつながった子供だが私だけは違う。ここでだけは捨てられまいと、私は勉強も運動も人一倍頑張った。
 姉は二人とも中卒だが私だけが東京の国立の大学に入ることが許された。父は尋常小学校までしか出ていない。土方の稼ぎでは金もなかったろうに、最後まで父は東京行きを反対していたが、何とか私の為に学費を工面してくれたのだ。
 だから私だけが両親に仕送りをしていた。
 外資系の会社に勤め、貧乏出の出身の私が海外で仕事をすることが父と母の誇りだった様だ。

 羽田に着いた時もうそこは昼だった。
 父の記憶を振り返る。
“よく父と母と庭でいしうすをひいていたな”
 空港から出るバスの窓からさくらが見える。こんなにさくらが綺麗に咲く国は日本くらいだろう。
父の納棺ががすでに行われ、通夜が終わり、次の日葬儀、告別式、火葬が行われた。
白木の箱に入った遺骨を母が手に持ち、母はポツリと
「お父さんこんなに小さくなっちゃった」
 そう線香花火が落ちた音にも似た、か細い声で呟いた。母はその後私にこう告げた。
「死ぬ直前までお前の事をずっと口にしていたのよ。彰彦はまだ帰らないのか。まだ帰らないのか。俺たちの子供なのに彰彦だけが優秀だったなあと。いつもお前の事ばかり、口にしていたのよ」
 血の繋がってない自分をここまで愛してくれた父。告別式では決して涙を見せなかったが、帰りのシンガポール行きの便の中で私はハンカチで顔を覆い泣いた。
 子供の様に泣いた。


春の庭

花びら落ちて

母笑う

いしうすの音

今も響かむ

                                     (了)
作品名: 作家名:松橋健一