no title
大学の近くで一人暮らしを始めてもうすぐ三年目。時々、友人が泊りに来ることもあったが、一人暮らしなのだから当然、朝食はずっと一人だった。
それなのに、と、駿はテーブルを挟んだ向かい側を睨んだ。そこには、まだ半分寝ているようにぼんやりとしている男が座っている。
「昨日のうちに朝練行くって言っただろ!早く起きろよ!」
ようやく起き上がったと思ったら、テーブルの前で動かなくなった男を見て、苛立ちながら駿が怒鳴る。すると、数秒の間を置いて、男が答えた。
「…………起きてる」
「起きてねえよ!」
反射で返して、駿は盛大な溜息をつく。
男の名前は榛川恵嗣。春から駿と同じ大学へ入学してくる。とはいえ、駿は体育学部、恵嗣は医学部ということで、大学の名前が同じという程度しか関わり合いにはならない。だというのに、この男は数日前にふらりとやってきてそのまま居座っている。
「これで三日目だぞ……ただでさえ余裕ねえのに飯まで食いやがって……」
「……君の半分も食べてないけど」
「うるせえよ!さっさと食って出て行けよ!」
すぐ傍に置いた炊飯ジャーから駿が三杯目の飯をよそっていると、向かいの男が徐に箸へと手を伸ばした。
いただきます、と一応呟いた男は、目の前に置かれた皿の上の目玉焼きを不快そうに眺める。
「焼けてない……」
「どこからどう見ても焼けてるだろ!」
箸の先で黄身の部分を突いていた恵嗣は、小さく溜息をついた。それからテーブルの上を一通り眺め、ぼそりと呟く。
「塩……」
「そこに醤油あるだろ」
「…………」
恵嗣は動きを止め、黙り込んだと思うと、箸を置いて立ち上がった。そしてそのまま、駿のベッドに潜り込む。
「お前、何してんだよ!」
食事の手を止めないまま怒鳴る駿に目もくれず、恵嗣は布団を被った。そして、一言。
「おやすみ」
こうなった恵嗣は、もはや何をもってしても動かないことを駿は知っていた。仕方なく、駿は恵嗣が手を付けなかった分の朝食も綺麗に平らげると、そのまま家を後にした。