愛き夜魔へのデディケート
――なぜ人は、争いを止めないのだろう。
今からずっと昔、およそ千年くらい昔、人々から魔法使いなどと呼ばれたとある男が、そんな事を考えた。
その頃の箱庭は……オズワルドとか呼ばれたその世界は、グチャドロの欲望で満ち溢れていた。
ただでさえ狭い国土と領地、資源を巡って争う国家。
富める者貧しき者を問わず、欲望のままに地を駆けて奪えるもの全てを奪う盗賊(ハイエナ)どもの横行。
金、女、あらゆる私心を満たすべく下劣な策を巡らす穢れた人間達。
パンドラの箱の中身をぶちまけたような混沌が、オズワルドという箱庭の中で渦を巻き、それが巨大な嵐となるまではさほど時間は掛からず。
嵐が去ったそのあとに、堆く積もるのは、絶望する事すら許されなかった哀れな屍だけ。
だから魔法使いは考えた。人間の敵を作ろうと。
人間同士が団結し、立ち向かって戦う対象がいれば。人間の敵を狩る者がいれば。力なき人々は敵の敵は味方と考える事が出来れば。
……少なからず、叡智ある人間は、同士討ちして滅んだりなどしないはずだと。
自分が、パンドラの箱に残った人の希望となろうと。
それは邪な術だと、当然魔法使いも知っていた。
既に彼に躊躇いはない。おそらくそれは彼が生涯で最後に犯した、深い深い罪業。
戦場に、野辺に、冷たい床に倒れたものから、新たな生命を作り上げる……屍霊術(ネクロマンシー)とかいう術だ。
魔法使いには当然、その心得はあった。決して使う事はなかろうと手前勝手に考えてはいたが、そんな事は全くなかった。
兎も角、生命そのものを削った禁忌の術を行使して、魔法使いは人類の敵となる存在を、生み出した。
人の血を、精を、夢を糧に命を繋ぐ者達。人に恐れられ、憎まれ、斃される為に生まれる者達。
夜魔と呼ばれた彼等と人間の終わりなき戦いの始まりにより、人間同士の旧来の争いは、終焉を迎える筈、だった。
……もっとも、それは見事な当ての槌。
自分達が人間以上の力を持つ事を知って、それ故の傲慢から、人を家畜のごとく支配しようなどと考える夜魔。
今まで持っていた以上のどす黒い欲望を叶えるべく、敵対者である夜魔と手を結び、謀略の限りを尽くす人間。
永遠の悪役を演ずる事を強いられる自分の存在に疑いを持つ夜魔と、人間社会の秩序を守る為の夜魔の存在に疑いを持つ人間。
夜魔の永遠の生に憧れる、もしくはそれをルール違反として罰しようとする人間。
人間の醜い部分に憤る夜魔と、人を愛する感情を闇の中から見出した夜魔。
そして、世界の均衡を保つべく、人でありながら人ならざる力をその身に宿した人間……術師などと呼ばれる者達。
だが彼等も……時に人から恐れられ、時に欲望に溺れ、時に己を見失い、深き心の闇を露呈して……。
争うのは人と夜魔だけの筈だったのに、今も人は人同士で争い、敵対者である筈の夜魔は夜魔と争い、人の守り手である筈の術師も何をか言わんやだ。
全ての始まりたる魔法使いが没した今も、その構図は何一つ、変わってはいない…………。
この世界を……オズワルドを織りなしているのは、人と人ならざる者達の争いにより紡がれた、至上の混沌だけだ。
そして今尚、他ならぬその至上の混沌が、軋み音を上げながら世界(オズワルド)の歯車(とき)を回し続けている。
ここに、オズワルドの住人達の宿命を纏めた物語(オムニバス)がある。
貴方にもしも勇があるのなら、ここでひとつの話を語ろう。
人から夜魔の皇女へデディケートされた、人の最期の物語を。
作品名:愛き夜魔へのデディケート 作家名:小鎬 三斎