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まどろみの中をさまよう

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 温かい腕に抱かれて今ある幸せをかみしめる。

 すべらかな感触が心地よい。このぬくもりは他の誰よりも優しくわたしを包んでくれる。世間は厳しいがこいつは優しい。どんなに辛いことがあった日も、悲しいことがあった日も、腹の立つことがあった日も、こいつの元ではとても安らいだ気分になれる。

 ずっとここにいたい。ずっとこいつと一緒にいたい。
 このぬくもりがあれば他には何もいらない。幸せなまどろみの中で、ずっとずっとこうしていたい。

 けれど、別れの時はやってくる。

 非情な声がわたしを呼ぶ。大きな声で、がなり立てるように。そんなに叫ばなくても分かってる。そう、時間だ。

 嫌だ。離れたくない。でも、行かなければならない。非情な声が時間だ時間だとうるさいからぶったたいて黙らせたけど、それで時間が巻き戻るわけではない。現実は残酷だ。

 名残惜しくてぐずぐずしてたけど、そうも言っていられない。のろのろと起き上って、衣服を身につける。冷えた空気が近づいてきてぶるぶるとふるえた。

 ああ、あの温かさの元に戻りたい。あの温かさに包まれていたい。わたしたちの蜜月を邪魔するものなど、全て消えてしまえばいいのに。心の底からそう願っても、周囲はわたしたちの仲を裂こうとする。どうして? わたしはただこいつと一緒にいたいだけで、誰にも迷惑を掛けたりしないのに。

 でも本当は分かってる。誰の目も気にせず、誰の指図にも従わず、ただ己の心の声に素直に従うのならば、ずっと一緒にいることだってできることを。
 そうしないのは、そのことで生じる不利益が、怖いからだ。

 まだかすかにぬくもりが残るそこに頬擦りしてから、ようやく覚悟を決めて立ち上がった。さようなら愛しい人。また一六時間後に会いましょう。

 ふらふらと、扉へ向かう。空気が冷たい。外はかなり寒そうだ。
 ああ、また憂鬱な一日が始まるのか。襲いかかる強敵と戦い、監視の目をくぐり抜けて機器を操作し、定められた時間までに課題をこなす。その繰り返し。もっと穏やかに生きたいと願っても、そうさせてくれないのだ。

 いや、考えるのはやめよう。考えたところで、この務めがなくなることはないのだから。
 未練を断ち切って、何も考えず、ただ無心に、無心に・・・・・・
 ・・・・
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 やっぱり離れたくない!

 身をひるがえして愛しい人の元に倒れこむと、無言のまま優しく抱きとめてくれた。柔らかいぬくもりに包まれて、心地よい感覚がじんわりと広がる。
 ああやっぱり、わたしの居場所はここなんだ。穏やかなぬくもりに速くもまぶたを閉じて、幸せなまどろみの中をさまよう。

 あの非情な声ももうわたしを呼ぶことはない。誰もわたしたちの邪魔をしない。カチカチなる時計の針が、始まりの時間をさすまで、一周の四分の一をきっていることは知っているけれど。今ならまだ間に合うけれど。
作品名:まどろみの中をさまよう 作家名:紫苑