落としものエラー
彼はそう言って、がっくりと肩を落とした。そうかあ、とあたしは返事をする。気のないように聞こえたかもしれないけど、彼はそれにも気づかない様子で、背をまるめていた。ちょっと涙目にさえ見える。知らなかったなあ。彼みたいな人が泣き虫だなんて。
「どんなものだと思ってたの」
むしろ不思議そうに、ぱちくりと瞬きして彼があたしを見返す。うーん。あたしは首をひねる。
「なんていうか、もっと、強そうな感じかと思ってたよ。なんにも動じないみたいな」
「ええ? どうして?」
彼は顔をしかめた。
「だって、大抵の映画とかでは、そんな感じだよ。問答無用でさらっていっちゃうとかさ。地球を侵略しようとするとかさ」
「しんりゃく」
うーん、と彼は眉間に皺を寄せた。
「ちょっと規模が大きすぎると思うけど……。星全体でしょ?」
「まあ、そうだね」
そういえば、大抵そういう場合は、人類一丸となって、っていう展開になりがちだ。どうしてだろう。
「それはやっぱり、自分たち対、自分たち以外の他者、っていうくくりになるからだろうね」
彼が唐突に賢そうなことを言う。くるん、と理知的な光を宿した目があたしを見た。とても印象的な、大きな目。金色に光っている。
「より強い他者……異分子の前では、普段他人扱いしてる相手とも繋がれるってことかな。国が違っても、人間同士、っていう括りのほうが強くなるんだろうね。問題は、どこを他者、ていうか敵、と定めるかってことなんだと思うな」
「ふうん。キミは頭いいなあ」
「もう、真面目に聞いてよ」
別に流したつもりじゃなかったんだけど、彼は今度は不満そうに頬をふくらませた。こういうジェスチャーがわかりやすいのは、彼が、あたしに合わせてくれているからなんだろうか。言葉にしたって、そういえば最初は、よくわからない電子音みたいなものに聞こえたし。
「それにしても、アレ、どこにいっちゃったんだろう」
恥ずかしそうに彼は額を撫でた。そこにあるべきアレがないと、彼は調子が出ないらしい。
知らなかったなあ。あたしは再び、しみじみと思う。アレが取り外しできるものだなんて。
「大丈夫だよ」
あたしは彼の腕あたりを、なぐさめるようにポンポンと叩いた。
「アレがなくっても、キミは立派な宇宙人だと思うし」
「適当な慰め方しないでよぉ!」
彼はまた涙目になった。なめらかな額の上に、本来生えているべき(らしい)触角がない。アレがないと、あたしたちとあまり区別のつかない姿になってしまって、彼はそれがすごく恥ずかしいんだそうだ。そのままのほうがいいと思うけどなあ。ちょっとワンコ系の男の子みたいに見えて、もてそうなのに。
小柄な彼の額の上で、ゆらゆら触角が揺れていたら、確かにユーモラスでかわいいかもしれないけど。
「一緒に探してあげるからさ」
あたしが重ねて言うと、彼はようやく悲愴な顔をゆるめた。
「ありがとう。地球人は親切だ」
ぐすぐすとぬぐう目元が、ほんのり赤くなっている。
「やっぱり仲間には、侵……、は、ちょっと待ってほしいって伝えなきゃ」
彼は感極まったように鼻をすすった。途中がよく聞こえなかったけど。……え、やっぱりソコが目的なの、キミ?
心の中でツッコミをいれつつ、あたしは周りを見回した。昼間の渋谷駅前でひとり、途方に暮れていた宇宙人の落としもの。雑踏を行くひとたちの顔を見るに、誰も気にしてないっぽいけど、交番で聞いてみるべきなのかなあ。宇宙人クンの栄光の象徴らしい、アレ知りませんか、って。