ひとくさり 3
先の尖った、真っ白な、紙のカバーに包まれた、どこにでも売っている、一口サイズの消しゴム。
消しゴムは、鉛筆で書かれた物を消すために作られた、消すという行為の斯界に名を馳せる、一能特化の筆記用具だ。これの使用用途を知らない人間は日本では赤ん坊くらいのものだろう。
一体これを使って、どうやってあの男達から女性を助けろというのだろう。
しばらく考え込んで、助けに行く前に、一度この消しゴムを使ってみることにした。ここは物語の中なので、もしかすると、消しゴムが鋭い剣になったりするかもしれない。お誂え向きに街中なので、手書きのチラシや看板はそこいら中に転がっているだろう。
すると丁度、古ぼけた喫茶店の壁にかかっているチラシを見つけた。暗いが街灯でなんとか、
――モーニングセット コーンポタージュ付 ５００円
と書かれているのを読み取れた。
チラシに消しゴムを擦らせる。すると、その途端、紙は破れてしまった。それによく見れば、字も鉛筆ではなく、マジックで書かれているようだ。
この消しゴムは擦ることでどうなる物でもないのかもしれない。
次に、振り回してみることにする。この街での価値観が、まさか堂々と消しゴムを振り回すことを咎めるようにできているとは思わない。
しかし勇んで振り回しては見たものの、映画やアニメのように、効果音が出て武器をかたちづくる様なことはなかった。
その後も色々な方法で消しゴムを扱ってみたが、何かをする度に、僕が手にしたのは、何の変哲もないただの消しゴムなのだという説を固めざるを得ない結果を得るのだった。諦めて、消しゴムを胸ポケットに仕舞う。
路地裏に戻ってきてしまったのだ。そして、初めの地点まで戻ってきてしまったのだ。
僕は理解した。素手で戦うしかない。
物が倒されたりする音や、複数の足音が遠くへ行ったり近くへ来たりしている 。はっ、はっ、という、荒い息遣いと、うぇあ、うぇあと、とにかく邪な男の声がまた聞こえる。
僕は音の聞こえてくる方向をそっと覗く。
女性が、今にも四人の男に襲われそうになっていた。
屈伸をして足をぽきりとならし、肩をぐるぐると回して上体をほぐし、アキレス腱をぐいぐい伸ばし、アキレス腱を伸ばす時の反動を動くための初動に利用し、そのまま、現場に走り出た。